ゆきの子供達 第三十四章 市場の中

市場

ゆきたちが店を出ると、大きな喝采が沸き起こりました。一人の老人が箱の上に上り、静かにしなさいと皆を宥めると、群集は静かになりました。その後、呉服屋は、「ゆき様、こちらが今お話しした、町の庄屋でございます」と、その老人を、「庄屋様、こちらはゆき様とお連れの方でございます」と、ゆきを紹介しました。

ゆきは少しはにかみながら、「初めまして、庄屋殿。こちらは私を手伝ってくれている、新しい友達の狐子とその父上です。よろしくお願いします」と言いました。

庄屋は箱から降り、深々と頭を下げてゆきに挨拶をし、そばに立っている家族を、孫に至るまで紹介しました。

ゆきは庄屋の家族に挨拶を返した後、庄屋の方へ向き直り、「『源氏物語』のような面白い本を買いに来ましたが、ここには本を売る商人さんがいないようですね。でも、呉服屋さん達が庄屋殿なら本を貸してくださるかもしれないと仰ったので、あなたにお会いしたくなりました」と言いました。

庄屋は頭を下げ、「もちろん、家に来て頂けるなら、奥方様には何冊の本を借りていただいても嬉しゅうございます。今、来ていただけますか」と、市場に面した屋敷の方にちらりと目をやりました。

ゆきはしばらく首を傾けてから、「お邪魔したいのですが、その前に、この市場のお店の方々を、私に紹介して頂けないでしょうか?」と尋ねました。

庄屋が「もちろん」と言うとすぐに、庄屋の妻が、「あなた、ゆき様がお出でくださるのでしたら、私たちはここで失礼して、一足先に家に帰り、食事の準備をしておきます」と立ち去ろうとしました。

すると、まだ幼さの残る男の子が庄屋の妻に、「おじいさんと一緒に残ってもいい?」と言いました。

それを聞いたもう一人の女の子が、「おばあさん、私も残っていい?弟のお守りをしておじいさんとゆき様の邪魔しないように見張ってなくちゃ」と庄屋の妻に言いました。

庄屋の妻は、「おじいさんは大事なお話をしているから、私と帰りましょう」と答えました。

ゆきは、「大丈夫です。構いませんよ。私と一緒にいらっしゃい」と、優しく孫達に言いました。そして、残りの子供達を振り返りました。「賑やかでいいですけれども、皆が私達といたら、おばあさんを手伝ってあげる人がいないでしょう?食事の時、また会いましょう」と言いました。

庄屋の妻は、「そう言ってくださって助かります。では、他の者は皆、帰りましょう」と、立ち去りました。

それから、ゆき達は市場を歩き回り、いろいろな商人やその町の有力者などを紹介してもらいました。

その間、庄屋の孫息子は狐子と話していました。その子は狐子に、「ねえ、どうしてお姉さんの髪はそんな色なの?」と聞いたり、くるくると変わる狐子の表情に、「その顔、おかしい!ねえねえ、もっと面白い顔して」とせがんだり、楽しく談笑していました。

その一方、市場を歩きながら庄屋の孫娘はゆきと話していました。「お姉さまはお姫様として生まれたのに、百姓の中で育って、大きな町で有名な茶道家になったんでしょ。すごいのね!それから、若殿様と結婚して、お父さまの国に帰ってきたんですね。まるでおとぎ話のようだわ」と、羨望の眼差しでゆきを見つめながら言いました。

代書屋

二人は楽しく談笑しながら、代書屋に向かいました。ゆきが代書屋の戸を開け、「代書屋さん、本をここに持ってくれば、写本を作ってもらえるそうですね。庄屋殿の他に『源氏物語』のような本を貸していただけそうな方をご存じないでしょうか」

代書屋は、「そのことでしたら、庄屋様にお尋ねになるのがよろしいかと存じます。本を売る行商人が来るたびに、あのお方はいつも真っ先に行かれます」と、町の庄屋に軽く目礼しました。

ゆきは、「ありがとうございます」とお礼を言い、次の店へ向かいました。

すべての店を訪ね終えて、人々がほとんど去った後、ゆきたちは呉服屋に戻りました。そこで狐子は元の着物に着替え、それから皆で庄屋の家へと向かいました。

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