ゆきの子供達 第七十四章 狐一と下女

家老は狐一に琵琶法師と同じ部屋を宛がい、「明日、朝一番で、私の執務室に来なさい」と告げるや、あたかももう去れとでも言いたげに狐一に背を向けたのでした。

それから琵琶法師は狐一を部屋に連れて行きました。部屋に入るとすぐに、狐一は自分の姿に戻って、布団の上に横になり、尻尾を鼻に巻き付けました。「ああ、気持ちいい!服なんかよりも、自分の毛の方が温かい。それに、俺のは人間の服みたいにむずむず痒くないぞ」と言いました。

「人間の姿でいるべきです」と琵琶法師が言うと、狐一は唸るように答えました。「貴様!我が一族以外の者で、ましてや年下の狐がこの俺に命じるなどとは!」

「今は一族の谷にいるのではありません。人間の世界にいるのなら、この世界で自分より経験がある者は先輩だと考えるべきですか」と琵琶法師が説明しようとすると、狐一はただ、「うるさい」と唸りました。

それと同時に、まだ開いている障子から「きゃあ!獣が!獣が城の中に!」という悲鳴が聞こえました。琵琶法師が戸の方を振り返ると、そこで落ちた布団の後ろに立ち尽くす下女の姿がありました。

琵琶法師は彼女に近寄って、胸に抱きました。「まあ、まあ、怖くないよ」という呪術に混ぜた言葉で下女に落ち着かせようとしましたが、狐一は「誰が怖くないかいって?俺は怖いぞ」と唸りました。

「きゃあ!あれ?話せるの?」琵琶法師の腕越しに下女は狐一を覗きました。「狐ですか?可愛い!撫でてもいいですか?」と言って、琵琶法師を見上げました。

「うるさい!誰が可愛いものか?狐を撫でたいなら、そいつを撫でろ」と狐一は唸りました。

下女は辺りを見回しました。「何?そいつって誰のこと?他に狐なんていませんよ」

「馬鹿者め!お前を抱いている者は狐だと知らないのか?」

「何?琵琶法師さんはどこから見ても人間ですよ。狐子様は狐だという噂がありますけど…」

琵琶法師は下女を放しました。「私が狐だということはゆき様達以外、この城の者には秘密にしておきたたかったですが、事実です」と言うと、本来の姿に戻って、しばらくするとまた人間に化けました。

「この目で見ても、なかなか信じられことですもの。あの…家老さまがここには布団がもう一組必要だとおしゃったので、これを持ってきました」と下女は言うと、一礼してから落ちた布団を取り、寝台に広げました。布団を広げながら、下女はこっそりと狐一の毛を撫でました。「わあ!とても柔らかい!」と言うと、狐一はただ「うるさい」とだけ答え、目を閉じました。しばらくすると、狐一は「右へだ。いや、そこじゃない。もっと前だ。そこだ、そこを掻け」と言って、楽しんでいる様子を見せました。

間もなく、下女は立ち上がりました。「まだ仕事がありますからそろそろ行かなくては。ええと、狐さま、行く前に、名前を教えていただけませんか」と尋ねました。

「狐一だ」と言うと、彼女は「初めまして、こいち様。私は広子と申します。よろしくお願いいたします」と言って、一礼をしました。それから、「お邪魔しました」と、立ち去りました。

「もう人間と仲良くなっていますね」と琵琶法師が言うと、狐一はまた「うるさい」と答えました。

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