第三十二章
呉服屋の中
しばらくして、ゆきたちは市場に着きました。そして、そこで呉服屋を探しました。
「いらっしゃいませ!きれいなお召し物がたくさんございますよ」と呉服屋は声を掛けてきました。
ゆきは、「このような着物は、ありますか」と、狐子の着物を指差しました。
呉服屋は、「あいにく、そのような仕立ての着物はございません。京の新作なのでございましょう。しかし、私の兄は仕立て屋でございます。ゆき様の採寸をした後に、お連れの方のお着物をしばらくお貸しいただければ、数日後には、同じような着物が仕立て上がるかと存じます。お待ちいただく間、お連れの方はどうぞ何でもお好きな着物をお召しください」と言いました。
狐子は、「それじゃあ、ちょっと探してくるわね」と、急いで店の着物を選び始めました。
ゆきは、「あの、私をご存知なのでしょうか。以前どちらかでお会いしましたか」と聞きました。
呉服屋は、「お話したことはございませんが、ゆき様がこの町に到着された時、私は駕籠を降りて演説をされたゆき様のお顔を拝見し、お声を聞いていたのでございます。それで、あなた様がこの店に入って来られた時、ゆき様にずいぶん似たお方だと感じました。先ほどお声をお聞きして、確かにゆき様に違いないと確信いたしました。私はこれから少し失礼いたしまして、兄を連れて参ります。どうぞこのままお待ちください」と、言い残して店から出て行きました。
ゆきは、「まあ、皆が私の顔や声を覚えているのかしら」と驚きを口にしました。
狐は、「店の外を見れば、その答えが分かりますよ」と、店の入り口の方を指差しました。
店の外では、たくさんの人々が市場に集まってきていました。あちらこちらで、このような話し声が聞こえます。
「父さん、ゆき様はどこにいらっしゃるの?」
「母さん、あの店に入ったそうだ」
「どの店なの?」
「あの呉服屋のようだ」
「お父さん、見えない!肩車!」
「ほら、太郎、上がって」
ゆきはおそるおそる戸の陰から外を覗いて、さっと身を引きました。「あんなに大勢の人達がこっちを見ているわ。どうしましょう」
狐は、「これが国境で駕籠を降りて岩の上で人々の前に立って御自分の意見を述べられていた、あの気丈なゆき殿でしょうか」と言いました。
ゆきは、「あれとこれとでは全然違います。今からこの人波の中を歩かなくてはならないなんて。それに、あの時は義父上の家臣が私と共に旅してくれましたから」と答えました。
狐は、「心配しなくても大丈夫ですよ。あの声を聞いてみてください。彼らはただ、ものめずらしいだけなのです。その上、ゆき殿は一人ではありません。狐が二匹」
店の奥から、狐子は叫びました、「二人!」
狐は続けました、「…側にいます。危険があったとしても、狐が一匹」
「一人!」
「もいれば、百騎の家臣が守っているより安全です」
狐子はゆきのそばに来ました。「父上の言う通りよ。それより、この着物はどう?」
ちょうどその時、仕立て屋を連れて、呉服屋が戻って来ました。そして、ゆきの採寸が始まりました。