第七十章
狐との決戦
その夜、家老はなぜか目を覚ましました。どうしたのかと思っていると、悲鳴が聞こえました。
「やめて!誰か、助けて!」狐子さんの声かと家老が思った瞬間、部屋の外へ向かって走り出していました。
部屋を出ると、狐子の姿はどこにも見えませんでした。狐の群が部屋の出口を囲んでいました。家老が足を止めて背後を振り返ると、もう出口への道を遮っている狐がいました。
「狐子さん!どこだ?無事か?」と家老は呼びました。
狐達は弾けるようにあざ笑いました。「狐子めはここにいないぞ」と言う声が聞こえました。
「でも、ただいま狐子さんの声が聞こえました」と家老が言うと、また狐達はどっと笑い転げました。
「これか?『助けて!』」また狐子のような声が聞こえました。「それはこの一族を汚す人間のきさまを狙った餌だったんだぞ。そんな簡単な呪いで、きさまがその強い呪いで固く守られている部屋から誘い出せるとはな」
家老は辺りを見回しました。(危ない!それほど多くの狐なら、勝ち目はない!)と思って、素早く考えて何か計略を思いつきました。
「やれやれ。お前ら、怯えているみたいだな。人間がそれほど怖いのか?武器もなく防具もない人間を一人倒すために、二十数匹の狐が必要なのか?」と言って、腕組みして、首を傾げました。「それとも、俺みたいな汚れた生き物と一対一で戦うことはしたくないのか?」
家老が言うと、狐が一匹円陣の中に進み出ました。「黙れ、人間め!俺一人だけで百頭ほどの人間と戦っても、当然俺様の勝利だぞ。貴様が従姉をたらしこんだり伯母上を泣かしたりすることが許せない!」と言って、三本の尻尾を振り回しました。
「何を!誰かをたらしこんだ覚えはないぞ!狐子さんのことを言うなら、俺に出会う前から人間の世界に興味があったのだそうだ。俺より人間の世界が好きなだけだ。おばさまのことなら、質問を一つしただけだ。お前らに怨まれる覚はない」と家老は言って、構えました。
「嘘をつくな!貴様のようなものが伯母上を『おばさま』と呼ぶとは許せない!くらえ!」と狐は言って、家老の喉へ向かって跳んできました。
(速い!速すぎる!)と家老は思って、横へ身を躱し、狐の体を掴みかかりましたが、握ったのは数本の毛だけでした。相手に振り返ると、右腕に火で焼かれたような感じがあって、何か温かいものが流れているのに気がつきました。――血でした。
また相手が駆けてきて、また躱そうとしましたが、左足が動きませんでした。足が動けなくて、家老は地に転がり落ちました。「何だ、これは?」と言って、動かない足を見ると、草が足の回りに纏わり付けていることに気付きました。――呪っているに違いありません。
家老がどうにか立ち上がって、相手の行方を確かめるために見回すと、背後にいました。どうにか身をぎこちなく回して相手に向かうと、相手はもうそこから消えていました。後ろへ振り返ろうとしましたが、今度は、両足が動きませんでした。見下ろすと、草はもう左足は膝までも、そして右足は足首までも縛っていました。
突然、何か重たいものが背後から肩の間に当たり、家老を前へ倒しました。足が動かないから、腰をかがめ手で転倒を食い止めました。
目の前の草が両手へと伸びて来ました。立ち上がろうとすると、何か重たい物が背中の上に伸しかかりました。背中の上に狐が立っていました。
もはや草は両手の回りで縛り付いていました。指一本さえ動かせませんでした。「狐子さん、ごめんなさい。部屋を出るなと言ったのに…」と叫びました。
相手は背中から飛び降りました。「黙れ、人間め!狐の名を汚すな!」と言いました。
「狐子さんのことを汚そうなどとは全く思っていない」と家老が言うと、「まだ汚そうとするのか?死ね!」と相手は答え、たくさんの白い鋭利な牙が鋭く光る口を広く開きました。
(もうだめだ。何もできない。狐子さんといたいのに、ここで死ぬに違いない)と思って、頭を垂れて、目を閉じて、牙の感触を待ち受けました。