ゆきの子供達 第六十五章 姫との出会い

家老が湯に浸かったのは霧に隠れた温泉でした。風呂から上がった家老は岩に置かれた着物に着替えました。それはたいそう古い侍の着物のようでした。

「八狐どの、どうしてこのような着物を着なくてはいけないのでしょうか。私の身分に相応しくないと思います」と家老は尋ねました。

「お姫様のご希望なのです」と八狐は答え、立ち上がって家老を谷の反対側へと案内しました。

家老はまた尋ねました。「お姫様は一体どんな方でしょうか。ご身分の高い狐でしょうか?」

八狐は頷きました。「その通りです。族長の姉上様でいらっしやいます」と答えました。

「族長様の姉上様ですと?…人間と結婚していらっしゃったお方ですよね」と家老が言うと、八狐はしばし足を止めて、家老を見上げました。「その話をご存知なのですか」

「そのお話を先日狐子さんがゆき様達にしていました。伯母さまが、話すことを許されたと言っていました」と家老は説明しました。

「分かりました。さあ、お姫様がお待ちかねでいらっしゃいます」と八狐は言って、また歩き始めました。

二人は谷を登りました。しばらく山を歩くと霧の中に入りました。小径を歩いて、ようやくある建物に辿り着きました。

その建物は御殿というよりは田舎侍の家のように見えました。家の入り口の側に八狐は座りました。「お入りください」と言いました。

家老は「お邪魔いたします」と言って、戸を開けました。

奥の部屋は確かに普通の田舎侍の家の部屋に見えましたが、誰も住んでいないように思えました。

「お姫様」家老がそろそろと部屋に入るとうっすらと人影が見えてきました。

突然、灯りが点りました。灯りに照らされたのは二十四、五歳の美しい女性でした。見かけは若いのですが、彼女の目を覗きこむと、歳を重ねているようでした。

家老は深々と頭を下げました。「お姫様、初めてお目にかかります。ゆき様とおっしゃるあなた様の血縁に当たるお方に仕える家老でございます。ゆき様のお父上の時代、つまり、お孫さまの時代には、私はお孫さまの廷吏でございました。よろしくお見知りおきのほどを」

女は深い溜息をつきました。「私はここにいる時は、ただ侍の未亡人のつもりでおります。姫などとおっしゃらないでください」

「あなたさまがご身分の高い狐でいらっしゃるということを忘れることがあっても、お仕えした主のご先祖だということも、結婚したい女性の伯母上だということも決して忘れることはありません。失礼なことを申し上げました」と家老は言いました。

「結婚したい女性…?それは狐子のことでしょうか?」家老が頷くと、女は少し考えて次のように言いました。「では、どうぞ私のことは『おば』とお呼びくださいな。こちらにお座りください。ゆきのことを詳しく話してくださいませんか」と尋ねました。

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