ゆきの子供達 第六十七章 族長との会話

食事の後で、狐の族長が家老と狐子に声をかけました。「家老どのの願いを許すかどうか決める前に、二人に話したいことがあります」

狐子たちが頷くと、族長は話を続けました。「狐の一生は人間より何倍も長いので、狐と人間の結婚には難しいものがあります。どんどん歳を取り、やがては死んでいく配偶者を見るのは、狐にとって辛いことなのです。人間の場合、配偶者が狐だと分かるや、どんなに狐が歳を取るふりをしても、狐が歳を取らないばかりか、人間よりも遥かに歳を取り方が遅いことに関して、想像することはできてもそれ以外は何もしてあげられないので、結局は妬んだり疎ましく思ったりすることになるでしょう」

「それに、狐が歳を取るふりをせずに長い時間人間の世界に住んでいると、人間の配偶者がその狐のことを妬んだり疎ましく思ったりしなくても、周囲の人間が狐を恐れたり嫌ったりするでしょう。そういう人間は人間に化けた狐が怪しい魔法を使っているとか、仲間や親戚が病気になったり死んだりするのは、狐に憑かれたからだなどと言って悪いことを狐のせいにするようになるでしょう。そして狐を殺そうとしたり、狐の秘密の呪いを盗んでやろうと思うかも知れません」

「あの琵琶法師のように、狐が長い時間人間の世界に住むと、狐の世界に戻るのは難しいかもしれません。狐の生活より人間の生活の方に慣れたり、狐の仲間より人間との方が仲良くなったりするでしょう」

「姉上の場合、人間の世界に住む時間はそれほど長くはなかったが、夫があのように若くして死んだし、姉上は赤ん坊を人間の世界に手放したので辛い思いをしました。人間との結婚を許さない狐もいて、赤ん坊を手放すことを許さないこともありました。しかも姉上は自分自身に厳しかったようです。だから姉上が狐の世界に戻ってきても、狐の仲間に入ることはできなかったのだと思います。姉上は他の狐から離れた所に自分の住処を掘り、近くに人間の家を真似た建物を作りました。その場所から姉上は未だに離れたくないようです。しかし今でも、手放した娘とその息子とゆきを気遣い、私に彼のことをたびたび尋ねるのです」

「二人とも、このことをよく考えなさい。考えた上でなお結婚したければ、許すか許さないかは私が決めます」

家老は複雑な面持ちで顔を伏せました。一方、狐子は声を上げました。「父さん、そうだったのね。昔からずっと考えている。伯母上のことを忘れることができると思っているの?でも…」狐子は深く溜息をつき、目線を落としました。「それでも…人間に興味のない狐なんかより、この家老さんと結婚したい。私のように人間が好きな狐がいたら…でも、そんな狐はいないみたいね。あの琵琶法師でも人間の世界に住むほど興味はないようなの。私、うちに帰ってくると、人間の世界に戻りたくて、いても立ってもいられなくなるの。夫が人間の世界に住みたくないのなら結婚する意味がないじゃない」

家老は顔を伏せたまま強い口調で言いました。「狐子さんが狐だと気づいた時、一月ほど狐子さんと距離を置いて、このことについて考えました。しかしずっと狐子さんのことで複雑な思いでいました。彼女への想いを諦めた後でも、狐子さんと再会する今までずっと、他の女性に会うたびに狐子さんのことしか思い出されませんでした。私の心は狐子さんの虜になってしまいました。狐子さんと結婚できないのなら、生涯、だれとも結婚するつもりはありません」

族長は「ふむふむ」と呟きました。

家老はようやく顔を上げました。「族長様、恐れながら、お聞きしたいことがございます」族長が頷くと、「狐と人間との結婚がそれほど大変なことならば、お姉様はいったいどうして人間と結婚することになったのですか?」と聞きました。

族長は深い溜息をつきました。「それは私自身の話ではありません。姉上本人に聞きなさい」

しばらくすると、会話が途切れました。天幕を出て、狐子は家老と一緒に彼の部屋へ歩いていきました。

暗闇から声がしました。「ほら!狐子の奴が人間を飼い馴らしたみたいだぞ!今度はあれを乗り回すのかな」と、その声の主はあざ笑っていました。

狐子は怒ったように怒鳴りました。「こら!卑怯者!出てきて堂々と言いなさい!私は一人で鬼に立ち向かったことがあるんだよ!あんた、怖くて住処から出られないくせに」と狐子が言うと、家老は狐子の腕を掴みました。「狐子さん!落ち着いて!言わせておきなさい!」

狐子は家老を抱き締めました。「ごめんね。あんなふうに意地悪なやつらのせいで、伯母上は谷の外に住処を掘ることになったんだと思う。それが、私がここにいたくない理由の一つなの」と狐子は言いながら、泣き始めました。

家老は狐子の背中を撫でました。「ほらほら、泣かないで。いつも元気な狐子はどこへ行った?」

狐子は袖で涙を拭って、家老を見上げました。「気をつけて。ここに来なければよかった。私か父上か八狐さんがいない時は、決して部屋の外へ出ないでちょうだい」

「大丈夫だよ。今朝八狐さんに会う前に、狐母子と会ってその息子に、私が妖怪じゃないことを証明したよ。問題はないだろう」と家老は言って歩き出そうとしたが、狐子は彼の手を掴んで止めました。

「何言ってるのよ!その子は良くても、人間のことを妖怪だと吹き込んだ奴のように人間のことが気に食わない狐は沢山いるわ。狐同士でも化かし合いをするのよ。彼のほとんどは父上が招いた客を傷つけるつもりはないけれど、人間は弱い生き物だということが分からないのよ。狐なら平気だけど、人間を傷つけてしまうことがよくあるの」

「それに、父上を失脚させたいくらい人間を嫌っている狐もいるわ。そいつらは、伯母上が人間と結婚したことや、私がここより人間の世界に馴染んでいることを根に持って、父上は族長として相応わしくないと言っている。それに奴らは、得体の知れない狐や、狐と結婚したいなどと言う人間をここに連れてくるなんて許せないと言っているわ。あなたが傷つこうが死のうが、あいつらは何とも思わないでしょう。お願い、本当に気をつけて!」

家老は言葉を失い、狐子の顔を心配と恐怖が入り混じった表情で見ました。「そういうことであれば、部屋で話した方がいいんじゃないか?あいつらに聞かれてはまずい」

「うん」と狐子は頷き、再び二人は家老の部屋へ向かいました。

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