ゆきの子供達 第七十一章 狐子の勝負

突然、聞き慣れた声が聞こえました。「やめて!彼の髪の毛一本にでも触れたら、決して許さないから!」狐子が来たに違いありません。

声の方へ目を向けると、家老を取り囲む狐の群れに向かって歩いてくる四本の尻尾の狐が見えました。

(四本もの尻尾!?最近新たに三本目を与えられたばかりじゃなかったか?あれは本当に狐子なのだろうか?)と家老は思っていると、狐の群れは狐子に道を開けるように下がり、狐子が中に入ると、再び周りを囲みました。

狐子は家老の傍らに行くと、前足で地面を叩きました。あっという間に、手足を縛っている草は茶色に変わり、地面へ落ちました。

「部屋に戻った方がいい」と、狐子は相手に向き直りながら言いました。

家老は部屋の方へ向き、その入り口の前にいる狐を不安そうに一瞥しました。「しかし…」

闇の中から声が聞こえてきました。「心配しないで、お客様は私に任せてください」と言う声がしました。彼を囲んでいた狐たちは、彼に向かって歩いてくる声の主を一目見ると、引き下がってゆきました。八狐でした。「こちらへ来てください」

家老は狐子を物問いたげに見ました。「しかし…」

「狐子様のことでしたら心配ご無用でございます。あの方なら従弟とのお遊びにも付き合えるでしょう。でも、そういう遊び方は人間には危ないのです。こちらへどうぞ」

家老が八狐に近付くと、「私の隣に座ってください。この勝負が見たくないのなら、部屋に戻ってもよろしいですが、勝負が終わるまで、決して狐子達には近づかないでください」と八狐は言いました。

それから家老は八狐の横に座って、狐子へ視線を向けました。

狐子は一歩ずつ相手ににじり寄りました。「愚か者!父上の『人間の客人に手出すな』という簡単な教えすら守れないの?それとも、何をしてはいけないかが分からないほどの空け者なの?」

「何も分かっていないのはお前のほうだぞ。いつもいつも人間の世界に入り浸り、家族の状態が分からなくなりやがったに違いない。父親が族長であるおかげでこの数ヶ月の内に位が上がり、尻尾が二本さらに与えられたけれど、お前の父親は家族が人間の中に混じっているせいで落ちぶれ、倒されるのも時間の問題だろう。だから、お前はもう父親の守護には頼れない。尻尾が四本といっても、人間と長く暮らしていたような奴は、俺様ほどの呪力はもはやないだろう」

「本気でそう思っているの?あんた、子供の頃からあんたと勝負をすると、いつも私の勝利だった。今だってそうでしょうよ。あんた程度相手、誰の手助けも要らない。まして父上の手を煩わす必要なんて。実力を比べましょう。かかってきなさい。来ないならこっちから行くわよ」と言うと、狐子はもう一歩従弟の方へ進み寄りました。

突然、狐子の周りにある草が人間の高さほどに伸び、狐子を掴もうとするかのように彼女の方へ伸びてきました。でも、狐子に触れる前に、草の動きは止まって、相手の方へ向かっていきました。あっという間に、草は茶色に変わり、地面に落ちました。

狐子はまた従弟の方へ一歩、にじり寄りました。

すると、強い風が吹き始めました。暗い空から旋風が狐子に向かって吹いてきました。しかし、狐子に届く前に、旋風は相手の方に向きを変えました。あっという間に、旋風も消えて辺りは静まりました。

また狐子は一歩従弟に近付きました。

次は、狐子の周りに火柱が噴き出し、狐子の姿を隠しました。突然、炎は相手の方まで広がって、焦げた毛の臭いがしました。

「狐子さん!」と家老が言って、立ち上がろうとすると、八狐は袖を掴んで、家老を止めました。「邪魔をしてはいけません。ここで見守り、狐子様を信じなさい」

家老が座ってまた狐子達に視線を向けると、炎はすでに消えていました。狐子の様子には変化がなく、しかし相手の毛はあちこち黒く焦げました。また狐子が一歩進むと、今度は相手が一歩後ろへ退きました。

次から次へ呪文の攻撃が狐子を襲いました。狐子が歩み寄る度に、攻撃は相手の方向に歪んで、呪文は取り消されました。その都度、狐子は一歩進み、相手は後ろへ退きました。ついに、相手は円陣の縁に追い詰められ、もう一歩も退けなくなりました。

鼻と鼻が触れ合う所まで追いつめられ、従弟は仰向けに倒れました。「畜生!また、お前の勝ちだ。好きにしろ」

「一つだけ聞きたいことがある。誰が父上を倒すと思っている?」と狐子は言いました。

「伯母姫だ。誰もがそう言っている。伯母姫は以前人間に浚われたから、人間のことが嫌いだ。だから、人間に関わっている族長を倒したいんだ」

狐子はしばらく呆然と座っていましたが、それから急に仰向けに転がったかと思うと、ぴくぴく震えながら、妙な声を出し始めました。

「狐子さん!大丈夫ですか?」と家老は呼びかけ、狐子のところに走っていきました。そこに着くと、狐子は笑い転げていたのだと気付きました。

少しずつ笑いは治まり、やっとまた話せるようになりました。「狐一君、あんたは本当に狐界一の間抜けだよ。伯母姫が父上を倒したいなんて、人間に浚われたなんて、そんなことはありえないよ」と言うと、人間の姿に化けて、家老に手を取られて立ち上がりました。

「しかし、誰もがそう言っているよ」と狐一は抗議しました。

「そんなことなら、誰も伯母姫の秘密を知らないからだ」と狐子は答えました。「私は一部しか知らないが、それはありえないと分かるよ」

「そうですとも」闇の中から声がしました。声の方を向くと、二つの姿が円陣に近付いてくるのがぼんやり見えました。「弟が昔から私に言っている通り、秘密を伝えた方がよさそうです。明日、全一族の評議をしましょうか?そこで、私の人間との間で犯した罪を皆に明らかにします」そう言ったのは尻尾を八本持つ狐でした。姫だったのでしょう。

「よし。明日の昼でいい。狐一君、お前をどうしてやったらいいのか分からない」姫の供人は尻尾を七本持っていました。族長に違いありませんでした。

「人間の世界を経験させた方がいいでしょうか?」と姫は尋ねました。

「そうかもしれない。しかし、見張りが必要だな…。狐子や、ゆき殿のところに戻る時、狐一も一緒に連れて行くのだ。ゆき殿夫婦が許せば、そこで一年間預かってほしい」

狐子ははっと息を飲みました。「お父さん、それは大変!この間抜けは人間の城などへ行ったら、問題を起こすことしかしないでしょう」

狐一も声を上げました。「問題を起こすのはこの人間好きな尻の軽い雌狐めだろう!こんな奴と一緒に行くなんて、冗談じゃない!」

「これは族長としての命令だ。この一族の人間に対しての憎しみを途絶えさせたい。私たち一族の敵はあの国の人間じゃない。この一族にも人間の国にとっても、敵は妖怪なんだ。それで、手始めにお前が人間に慣れて、人間の風俗習慣を習ってもらいたい。分かったな!?」

「あ、は、はい、族長様」と狐一は従順に答えました。

「分かりました、お父様」と狐子は力強く答えました。

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