ゆきの子供達 第七十二章 若殿との茶席

一方、ゆきは、若殿の父親がやってくるので、その準備を取り仕切っていました。

日が沈んだ後、ゆきは部屋に戻って、寝台に横になりました。

「お疲れ様でございます。おそれながら、今晩のお茶のお客様がもうそろそろいらっしゃるかと思います。お召し替えをお手伝いいたしましょうか」と女将は訊ねました。

「ああ、もう、本当に疲れてしまったわ。今晩、ゆっくり休みたい」とゆきは大きく溜め息を吐きました。「全てを揃えることがこれほど難しいとは思わなかったわ。座席に座っているだけだと思っていたのに、一日中城のあちこちに行って、人に会い、必要なものが全て揃っていることを確認しなければならなかったわ。何か足りないものがあると、どうやって手に入れたらいいのか、他に何かその代わりに使えるものがあるかどうかを尋ねなければならなかった。その間中ずっと赤ちゃんがお腹を蹴っている」

「今晩のお客様はお断りにならないのではないかと存じます」と女将は答えました。

「え?誰かしら」とゆきが言うと、女将は単に「秘密です。もうすぐお分かりになります」と答えました。

ゆきは、客は訝しく思いながら身を起こすと、女将に手伝わせて茶会用の着物に袖を通しました。そして、ゆっくりと道具を整え始めました。

突然、後ろから声が聞こえました。「二人で茶席を楽しむのは久しぶりだな」ゆきが振り返ると、若殿が隣子を開けて戸口に立っていました。

「あなたが今晩のお客様ですか」とゆきは驚いたように尋ねると、「違う。今日はお前の番だよ。上座に座りなさい。俺が点前をみせる。お前ほど上手ではないが」と若殿は答えました。

ゆきが座っていることを確認すると、若殿はお点前を披露しました。

ゆきがお茶を飲んでから、若殿は、「なんでそんな身重の体で城の見回りなどしておるのだ?家老の家来どねを信じないのか?」と尋ねました。

「信じています。ただ…茶席で会ってはいても、誰がどこで何をしているのかは知らないから」とゆきは答えました。

「やめるべきだ。お前のような目上の者が自ら配下どもの持ち場に行けば、皆が働きにくくなるだろう。それに、そんなに長い間自分の席を離れていると、机の上に山ほどの報告、雑務で溢れ返ることになる。それを理解した上で彼らを扱うのが、我々の本当の仕事なんだよ」と若殿は説明しました。「誰がどこで何かをしているかなんて、知る必要はない。結果があれば充分だ。実務は家来たちに任せろ」

「なるほど。でも、報告書を読むだけでは、それが真実かどうかかどうして分かりましょう?」とゆきは答えました。

「それは難しい。残念なことに、主が聞きたいと思っていることしか報告しない家来が多すぎる。報告書をちゃんと読み、そして、その報告をする家来とよく相談し、できるだけ状況を確認すべきだ。そうすれば、嘘が分かるかもしれない。真相が分かれば、できるだけその嘘はその家来によるものなのか、彼の部下からなのものなのかを確認しなければならない。嘘の程度に応じて罰を与える」と若殿は説明しました。

「なるほど。それならば、どうして私と一緒にこの国を旅したの?その間、そういう報告が山ほど机にあったでしょう?」とゆきは尋ねました。

若者は顔を赤らめて、俯きました。しばらくすると、頭を上げて、「理由とえば、一つにはこの国を個人的に知りたかったこと。もう一つは新しい家老の能力を試したかったこと。残りは嫁ともっと親しくなりたかったからだ」

ゆきも頬を赤らめました。「そうなんですか?あっ!蹴ってる!分かりますか?」というと、若殿の手を取って、お腹に優しく押しつけました。

障子の外に座って二人の話を聞いていた女将は、今夜茶席を設けて本当に良かったと思い、にっこりと微笑みました。

最初へ 前へ 次へ 最後へ  目次へ  ホームへ

Copyright © 2006-9, Richard VanHouten RSS Feed Valid XHTML 1.0 Strict Valid CSS!