ゆきの物語 第四章 助かった

「この辺は城の武士でも一人二人では来ない所だ、助けに来る奴などいるものか」と蓮を引きずりながら男が言った。その時、蓑を着た男が二人の前に急に立ちはだかった。「ここにいるかもしれん。とにかく、お嬢様をこちらによこせ」と言った。その声からはその男が、まだほんの若造であることが分かる。その若者は蓮の腕を掴んでいる男より背が低かったが、恐れる素振りも見せず男を見据えた。

「お前は何者だ?おい、野郎ども、この馬鹿野郎をやっちまえ」と男がいらだったように言い放つと、家の周りにうろついていた三人の荒っぽいならず者が「へい!」と言うなり、立ち上がり、棒や刃物を手に構えた。

蓑の若者はあざ笑うかのように、「三対一の勝負だな。面白い。では、そやつらの手並みを拝見といくか」と言い、さっと蓑を脱いだ。その下から殿の紋のついた服が現れると、蓮は息を呑んだ。もちろんこの若者はよく見知った者だった。

「狐一おじ!助かった!」と蓮は言い、自分を抑えている男を振り返った。「大変なことになるって言ったでしょう?狐一おじはとても強いのよ。あんな連中なんか足元にも及ばないわ」

「黙れ!わしに逆らうとどうなるかをこの若造に教えてやるぞ」と男は言い、蓮を激しく引きずり振り回しながら、玄関の方へ引っ張って行ったが、玄関に入る前に、後ろから折れた武器や三人の手下どもが次々と玄関先に放り込まれた。逃げていく女達の悲鳴と共に「さすが狐一おじ!」という叫びが聞こえた。

しばらく呆然と倒れた手下を見やってから、男は振り返った。すると、にこりと笑っている狐一が道の真ん中に一人立っている。「やれやれ。もっと強い相手を呼んでくれないなら、次は一対一の勝負になるらしいな。どうだ?かかって来い!」

でも、男はもう戦う気はないようだった。蓮を放して、鬼に追われたように逃げ出した。

「では、そやつが手下を集めて戻る前に帰ろう」と狐一が言ったが、蓮は左手を腰に当て、狐一の顔の前で右人差し指を横に振った。「狐一おじが戦いから逃げたことは今までないのに、私がやろうとしていたことをしないで帰れと言うの?それに、私が持って来た紙を踏んで汚すだなんて!」と叱った。

狐一は足元を見てから紙の上から足を退けた。「すまん。蓮姫を守ることだけ考えていた。蓮姫を酷い目に遭わせたくないから、できるだけ早く片付けなさい」

すると、蓮はあまり汚れていない紙を集め、元の場所に戻った。一方、狐一は、蓮が描いている家の壁に寄り掛かって蓮を見守った。

しばらくすると、倒れた手下が一人また一人と我に返ったが、狐一と一目見るや、慌てて逃げて行った。最後の手下が足を引きずって逃げるや否や、地面に鼻を当てた犬がまだ道の泥にまみれて置き去りになっている紙の方へ近寄った。犬が紙を嗅ごうとすると、狐一は声をかけた。「お前があの子を捜しに来たのなら、もう遅いな」と言うと、犬は女の姿に化け、狐一を睨みながら「あんたは…」と話しかけた。もちろん、狐子だった。

いらだちのあまりに口が塞がったのか、しばらく黙ってから狐一を叱り始めた。「どうして誰かに蓮ちゃんが城を抜け出したことを報告しなかったのか?ゆきちゃんを心配させちゃったのよ!」

でも、狐一の笑みは全然変わらなかった。ゆっくりと立ち上がり狐子に歩み寄りながら、「誰かに蓮姫の脱走はもうばれていたのに、狐子従姉ちゃんは門番の連中に何も訊かずに来たな。いいか、ゆき様を心配させないため、台所の下女達などが蓮姫が城を出るところを見ると、ゆき様に何も言わないで門番に報告するという命令がある。すると、俺が蓮姫を見守りに行くことになっているんだな。あの子が外でやりたいことをやっちまうと、すぐに城に帰り、数週間は部屋から出ようとしないぞ。しかし、外出を禁止したり、目的を遂げる前に帰らせようものなら、来る日も来る日も一生懸命抜け出そうとするに違いない。だから、このように扱った方がいいと我が殿がお決めになったのだ」と言った。

狐子の釣り上がった目が少しずつ優しくなった。狐子はやっと安心したのか、「なるほど」と答え、蓮の方へ視線を向かった。 「でもね、どうして蓮ちゃんが狐一に一緒に行こうと訊ねないの?」

狐一は首を振った。「ああ、いや、それは、それをしてみた時、蓮姫は自由が束縛されているように感じて苛立ったから、もうそんな気にはなれないんだな。だから、仕方なくいつも一人で脱出しようとしてるんだぞ。では、狐子従姉ちゃんは今はゆき様に蓮姫が無事でいることを報告しに帰るのか、蓮姫の気が済むまで俺と一緒にここで待つか?」

「ゆきちゃんを安心させた方がいいから、ではまた」と狐子は言うと、犬の姿に戻って、城へ向かって走った。

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