目次もくじ

  1. 第一章だいいっしょう  ゆきの子供達こどもたち
  2. 第二章だいにしょう  れんなにをしている?
  3. 第三章だいさんしょう  狐子ここ捜索そうさく
  4. 第四章だいよんしょう  たすかった
  5. 第五章だいごしょう  たびすす
  6. 第六章だいろくしょう  殿とのとの茶席ちゃせき
  7. 第七章だいななしょう  たび準備じゅんび

第一章だいいっしょう

ゆきの子供達こどもたち

二階にかい窓際まどぎわおんなひとが、へいあつめるためのひろ中庭なかにわ見下みおろしている。彼女かのじょは、おおきくふくらんだおなかを、いとおしそうにでていた。ながかみはまだ黒々くろぐろとしていて、よくないと、そのなかにごくわずかの白毛しらげじっているなどだれがつかないだろう。ほおきざまれたうっすらとしたしわはきっと、いまのように、彼女かのじょがよく微笑ほほえんだあかしなのだろう。そして、まとった高価こうか着物きものきぬちがいない。

中庭なかにわでは、数人すうにん少年しょうねん武道ぶどう練習れんしゅうをしていた。少年しょうねんったが、そのうちの二人ふたりながったかみをしていて、相手あいて者達ものたちよりひくかった。それにしても、その二人ふたりきはけて的確てっかく力強ちからつよかった。うごきも流麗りゅうれいで、無駄むだがなかった。

「お母様かあさま、また姉上達あねうえたち修行しゅぎょうをごらんになっているの?」と、ちらりとかおげておんなった。きゅう十歳じゅっさいくらいであろうか、ほんあいだして、なにかを一生懸命いっしょうけんめいいている。すこしあきれた口調くちょうだった。

ははむすめをちらっとると、「ええ」と、まどそと視線しせんもどした。

そのとき廊下ろうかから足音あしおとこえた。すぐにふすまいて、十五じゅうご六歳ろくさいおんなおこったかおはいってきた。「お母様かあさま、お父様とうさまにおはなししてくださらない?お父様とうさまはなぜ、あのあやしい大名だいみょうわたし結婚けっこんさせたがるのかしら!あのかた、もう四人よにん奥方おくがたがおいでなのよ!それに、あのみにくさといったら!!長女ちょうじょだから、素敵すてき若殿わかとの結婚けっこんするはずなのに!」とぼやいた。

さきむすめは、視線しせんかみからはなさぬまま、「おとこきらい」と興味きょうみなさそうにった。

あねいもうともとにつかつかとあるいてて、いもうとのぞでいたほん無造作むぞうさげ、「百合ゆり、このような童話どうわ物語ものがたりんでいるのに、本当ほんとうことなにからないのね。すこ成長せいちょうすると、気持みもちがわるでしょう」とった。

すると、百合ゆりおもわずふでとし、がり「それはわたしのよ!かえして!」とさけんでもどそうとしたが、ちからかぎんでも、百合ゆりほんさわることさえできなかった。

ははかえって「さくらいもうとをいじめないでおくれ。百合ゆりはまたちいさいのだから」とうと、二人ふたりもとあるいてき、やさしくほんさくらからり、百合ゆりもどした。百合ゆりほんむねき、すみまったかみほうて、「まあ!なおさないと…」といながらあねにらんだ。

ははさくらうでり、部屋へやすみった。二人ふたりはそこにすわり、ははが「あなたも評議ひょうぎ参加さんかしているので、くに状況じょうきょうかるでしょう。お父様とうさま殿とのいてからこの十五年じゅうごねんあまり、くにはだんだんまずしいくにからゆたかなくにになってましたね。でもくにゆたかになると、近隣諸国きんりんしょこくねたみをってしまうの。この戦国時代せんごくじだいには、味方みかたがいないことは危険きけんなことなのですよ」とうと、さくらくちはさんだ。

「それはかっております。でも、あの大名だいみょう結婚けっこんすることといったいなん関係かんけいがあるの?あのかた私達わたしたちのおじいさまおなじぐらいとしじゃありませんか」

ははは「ああ、おじいさまくなるまで近隣諸国きんりんしょこく覇権はけんにぎっていらっしゃった。でも、おじいさまくなったいまは、近隣諸国きんりんしょこく城主じょうしゅだれもが権力けんりょくようと画策かくさくしているのですよ。あの武威ぶいたかいおかたにはたくさんの奥方おくがたがいらしても、まだお子様こさまがおりません。跡継あとつぎを奥方おくがたがいればきっと同盟どうめいむすべるとおおもいになって、お父様とうさまはあなたの縁組えんぐみを提案ていあんしているのです」とこたえた。

「そうですか。でも、四人よにん奥方おくがたにお子様こさまがいないのなら、大名だいみょう問題もんだいではありませんか?あたらしい奥方おくがた身籠みごも可能性かのうせいはほとんどないではありませんか?」とすこりをもどしたところでさくらいた。

ははがくすくすとわらい、「おとこかたは、そうはおかんがえにならないでしょう。とくにご本人ほんにんはね…」とうと、さくらわらわざるをなかった。

二人ふたりわらいがおさまると、ははは「とにかく、またお父様とうさまにおはなししてみましょう。やはり、五人目ごにんめ奥方おくがたになるのはさくらには相応ふさわしくないでしょう。てくにうちにはまだ長子ちょうしがいないから…」とった。

すると、さくらは「ありがとう、お母様かあさま長子ちょうしうと、今度こんどは…?」とははのおなかそめした。

はははまたおなかはじめ、「神様かみさままかせるしか仕方しかたがないですね。まえのように、おやしろ男子だんしさずかるようにおいのりいたしましたけれど」とくびりながらこたえた。

わたしもそのようにおいのりしています」とさくらうと、二人ふたりがり、たがいにった。

そうこうしているうちに、いたままのふすまからこままみれかおの、すこふとっているしち八歳はっさいおんなあらわれ、「おかあちゃま!わたしがこしらえましたおにぎりをがりませんか?」と興奮きょうふんしながらった。ははると、おにぎりをひとわたした。

はははおにぎりをってべると、「美味おいしい!ありがとう、すず」とってからすずふくらんだふところて、「お姉様達ねえさまたちにもべさせてみたいとおもいませんか?」といた。

すずはしばらくためらったが、ようやく物惜ものおしそうにふところからつつまれたおにぎりをもうふたし、うつむきながらさくら百合ゆりわたすと、「あとべたかったのに…」というちいさくつぶやいた。

ははすずあたまで、「もう充分じゅうぶんべたでしょう?いままでいくつべましたか?」とたずねた。

「ええと…味見あじみしたのととしたのと、階段かいだんのぼったときのと廊下ろうかあるいたときのだから…たぶんいつつでしょう?」とすず真面目まじめかおをしてゆびかぞえながらった。

「そうだとおもいました。もうすこしおやつをらしましょうね」とははうと、なが赤毛あかげおんなひと部屋へやはいってて、「ゆきちゃん、あきらめるしかありませんよ。すず一日中いちにちじゅう台所だいどころでうろうろしているから、いつでも下女げじょからお菓子かしをもらうことができるのですよ。だから、そんなのぞみはつだけ無駄むだでしょう」とってふすまめた。一見いっけんしたところでは年齢ねんれいさくらおなじようだが、そのかがやいているひとみおくると、なぜかかなり年上としうえだというがする。さくらよりひくいそのおんな着物きものははの――ゆきの――とおなじように高価こうかなもののようだったが、そのしぶがら着物きものたいして、顔立かおだちや印象いんしょうはかなり派手はでだった。

すずは「狐子ここおば!」とび、赤毛あかげおんなかってり、こしきついた。そして、ふところからもうひとつのおにぎりをし、狐子ここわたした。「どうぞべてみてください。わたしがこしらえたんです!」

おにぎりをべてから、狐子ここすずほうかがめ、「いつかいいおよめさんになるでしょう。男性だんせいこころつかむには、まず胃袋いぶくろたせといますからね」と、すずかみやさしくでた。

それをくと、すずみはさらにひろがった。両腕りょううであたまうえり、「わい!狐子ここおばにめてもらってうれしい!」とさけびながら部屋へやまわった。

ゆきは狐子ここのところにあゆり、微笑ほほえんだ。「狐子ここちゃん、いつも子供達こどもたちあまやかしすぎますね。はじめてったそのうちに、子供こどものことが大好だいすきだということに気付きづきました。でも、いまでもからないてんがあります。それほど子供こどもきなら、わたしのようにたくさんの子供達こどもたちむのだとおもいました。でも、息子むすこ二人ふたりしかいません。どうしてですか?」といた。

狐子ここは、「主人しゅじん年齢ねんれいかんがえてのことなの。婚礼こんれいまえにもう四十代よんじゅうだいだったので、かれ子供達こども成長せいちょう見届みとどけるのはむずかしいとおもって。それで、次男じなんまれたとき子供こどもはもう充分じゅうぶんだとたがいにおもったの。そのあと身籠みごもらないためのおまじないを使つかうようにしたの」とこたえた。

ゆきは、「なるほど。そのおまじないはとても便利べんりですね。わたし大家族だいかぞくしいけれど、すこしうらやましいもします。家老殿かろうどのえば、いまはいかがですか」と、すここまったように親友しんゆうかおをまっすぐにやった。

狐子ここのいつもかがやいているひとみくもったようにえた。うつむきながら、「主人しゅじんはまだよくなってないの。事件じけんときうごかなくなった右手足みぎてあしすこうごくようになったけど、まだ自分じぶんではあるけないの。わたしきつねちからをもってしても、おまじないで最愛さいあいひとなおすことも、たったの一日いちにち寿命じゅみょうばすことすらできない。人間にんげんいのちはあまりにみじかい」と、溜息ためいきをついた。

でも、まえ元気げんき性格せいかくではながかなしみにしずんだままでいることはできなかった。狐子ここはすぐに笑顔えがおもどし、「かなしいことは充分じゅうぶんです。ももすもも練習れんしゅうはどうでしたか?」といた。

ゆきは窓際まどぎわもどり、「あの二人ふたりはとても上手じょうずになっています。ええ、修行しゅぎょうはすでにわりました」とうと、廊下ろうかからはしって足音あしおとこえた。

すぐにまたふすまいて、さっきまで中庭なかにわにいた、かみげた二人ふたりんでた。間近まぢかると、二人ふたりいかつい道着どうぎていても、おとこではなく、十一じゅういち二歳にさいおんな双子ふたごだということにがつく。その二人ふたりはきっとももすももだろうが、どっちがももで、どっちがすももかということは、ははでもよく間違まちがえるほどであった。おとこっぽさは外見がいけんだけとはかぎらない。のこなしかたはなかた態度たいどにまでも、ひめらしくないてんがたくさんあった。その二人ふたりは、部屋へやはい狐子ここるやいなや、「狐子ここおば!」と一斉いっせいさけび、ってきついた。すると、もも…だとおもうが、じ、ふかいきみ、「なに美味おいしそうなにおいがする」と、すもも…だとおもわれるほうが、狐子ここ見上みあげ、「狐子ここおば、お菓子かしってきたの?」とった。

狐子ここは、「ってきたのはわたしではありませんよ」とこたえると、双子ふたごかお見合みあわせ、「すず!」とさけび、いもうとほうなおり、「お菓子かしをちょうだい!」とんだ。

すずがくすくすとわらいながら「いや!わたしの!」と、部屋へやそうとしたが、素早すばや双子ふたご一人ひとり出口でぐちさえぎった。だが、前後ぜんごからびた双子ふたごいもうとつかまえるまえに、すずちぢめ、部屋へやおくもどった。何度なんど双子ふたごすずつかんだ――とおもうと、すず間一髪かんいっぱつげた。でも、双子ふたごすず部屋へやからがさなかった。どうしてこの武芸ぶげい達者たっしゃ二人ふたりふとっているいもうとつかまえることができないのかとおもわれるかもしれないが、三人さんにんわらごえけば、彼女達かのじょたちたんあそんでいるだけだということにお気付きづきになるだろう。彼女達かのじょたちのおりのあそびというわけだ。

そのうち、すずいきらし、足取あしどりもおもくなった。ゆかころげて仰向あおむけになったすずは、はあはあといきづきながら、「やっぱり、…また…けた…。今度こんどこそは…げる…よ」といました。

双子ふたごすずうで一本いっぽんずつつかみ、がらせた。いもうとあるかせながら、「褒美ほうみわたせ!ものをおし!」とかえした。

まだいきおさまらないすずは、笑顔えがおのまま、のこりのふたつのおにぎりをふところからし、双子ふたごひとつずつわたした。

そのあそびをていた狐子ここは、「ゆきちゃんはあの二人ふたりかんしてはちょっとあまやかしすぎみたいね。ほか子供達こどもたちにはあのようにいもうとをいじめることをゆるさないんじゃない?どうして二人ふたりにはゆるしているのかしら?」とすここまったようにった。

ゆきはくすくすとわらい、あたまよこった。「あれはいじめているわけではありません。すずあそびながら運動うんどうさせているのですよ。すず降参こうさんするか部屋へやからすまではできるだけ運動うんどうさせる、という約束やくそくをしました。すず部屋へやしたら、ってはいけなくて、すずっているお菓子かしはもらえません。おなじように、すずいてしまった場合ばあいも、お菓子かしをもらえません。そして、双子達ふたごたちはどうしてたのしくなかったのかを反省はんせいしなければなりません。でも、最後さいごまでたのしくてすず部屋へやすことができなかった場合ばあいすずはご褒美ほうびとしてお菓子かしをあげないといけません」

狐子ここひとみまえよりもあかるくかがいた。「なるほど。どうしてわたしがそのようなあそかたおもかなかったのかしら、おどろきだわ」というと、ゆきは「じつは、『狐子ここなら、なにをするだろう?』とかんがえながら、これをおもきました」とこたえた。

二人ふたりたがいにわらっていると、戸口とぐちから「まあ、お二人ふたりとも、子供達こどもたちなにかいたずらをやっているときには、なぜかいつもあなたがたがいらっしゃいます。今日きょうなにをやったのでしょう」とこえともに、「かあちゃま!狐子ここおば!」とさけびがこえた。いち二歳にさいあかぼうげた老女ろうじょそばから二人ふたりおさなおんながゆきたちもとった。一人ひとりさん四歳よんさいで、もう一人ひとり六歳ろくさいだろう。

ゆきはった子供達こどもたちくと、そのうちのあねほうが、「かあちゃまがばあやの温泉おんせんはたらいていたとばあやがおしえてくれたの。本当ほんとうにそうだったの?」といた。

ゆきはしゃがみ、そのぐにて、「そうです、椿つばきさくら姉様ねえさまおなどしだったのです」とこたえた。

椿つばきとなりっているいもうとは「わたし温泉おんせんではたわけうぅの?」とすこ舌足したたらずにたずねた。

ゆきがくすくすとわらい、そのほうき、「白菊しらぎくひめ温泉おんせんはたらくのはへんです」とうと、椿つばきは「だって、かあちゃまがそうしたら、ちっともへんじゃないじゃないか?」とくちはさんだ。

ゆきは「そのときわたしひめであるということはまだりませんでした。それに、まだおさごろ両親りょうしんくなって、お祖母様ばあさまにこっそりとまずしいむらそだてられたので、お祖母様ばあさまがなくなると、どこかではたらかざるをませんでした」と説明せつめいし、がり、はあやからあかぼうった。そして、「らん今日きょうはいいでしたか?」とうと、らんは「ばば」と笑顔えがおった。

ゆきは部屋へや見回みまわし、むすめかぞえた。「いちさんよんろくしちはちだれかがいません。れんだれかがれんましたか?」とたずねると、さくらこえげた。「そうえば、今朝けさ紙束かみたばっているところ廊下ろうかました。以前いぜん一人ひとりでまだつくっていない建物たてものさがしにったときのように、下女げじょふくていました。しろもんそとてはいけないことをわすれないでといましたのに、れんたんに『はい、はい、かってる』とこたえました」

すると、すずくちはさんだ。「台所だいどころにいたときれんねえちゃまが勝手口かってぐちすところをました」

「どうしてあのがあれほどおおくのおもちゃのいえつくりたがるのかかりません。れん部屋へやはもう布団ふとん隙間すきまもないほどおもちゃのいえってますよ」とさくらつづけると、かみから視線しせんうごかさず百合ゆりは、「さくら姉様ねえさまはしばらくすれば結婚けっこんしてすようだから、れん姉様ねえさまふすまはずしてさくら姉様ねえさま部屋へや自分じぶん部屋へやばすとってたわ」とつまらなそうにった。

さくらげ、両手りょうて腰当こしあててひじり、ゆきをかえり、「なんてことを!お母様かあさま…」といかけたが、ゆきのかおると、だまんだ。

じたゆきのかおあおざめて、手首てくびいていた数珠じゅずにぎめ、いのるようになにかをつぶやいていた。

狐子ここはもう部屋へやのどこにもえなかった。

第二章だいにしょう

れんなにをしている?

その夜明よあけれん窓際まどぎわ目覚めざめたとき障子越しょうじごしにあわひかりが、れんまわりにかこむようにくらかげつくり、布団ふとんだけがしろくぽっかりとがったようにえた。でも、彼女かのじょにとって、そのかげこわいものではなく、よく見慣みなれたものであった。

れん障子しょうじけてもっとひかりれると、かげ正体しょうたい隙間すきまなくべられたおもちゃのいえであることがかった。しろ山小屋やまごや屋敷やしき草屋くさや、おてらやおやしろ小間物屋こまものやいたるまで、かべおおって天井てんじょうまでかさねたたなからあふれたちいさな建物たてもの布団ふとんふちまでっていた。

いとしく部屋へや見回みまわし、いえいえあいだせま通路つうろあるきながらそれぞれの建物たてものやさしくでているれんは、「もうすこちなさい。しばらくするともっとひろいところにいつれるから。あれ?兄弟きょうだいがもう一軒いっけんしいの?うん、今日きょうはあなたの兄弟きょうだいさそうないえさがしにってくるわ」とつぶやいた。

すこちがえただけで、いえ一軒いっけんこわしてしまうほどせま通路つうろ用心深ようじんぶかすすみながら、れんはあちこちでなにかをなおすためにまった。そうしているうちに、あかるい日差ひざしが部屋へやらしはじめた。

れんは、自分じぶんつくった建物たてものなかもっとおおきなしろまえまり、ちいさなもんけ、そのおくかくしていた下女げじょふくした。ふくむねいたれんは、注意深ちゅういぶかくまたせま通路つうろある布団ふとんもどると、素早すばや着替きがえ、黄土こうど木炭もくたん欠片かけらたもとにしまい、紙束かみたばってふすまけた。廊下ろうか両側りょうがわ見渡みわただれもいないことを確認かくにんし、ふすまめて台所だいどころかってあるはじめた。

残念ざんねんなことに、廊下ろうかかどがったところで、こうからさくらくわしてしまった。無論むろん、その距離きょりでは長女ちょうじょ次女じじょ見逸みそれるわけがなかった。

れん!どうしてそんなみょう格好かっこうを?また建物たてものくつもりなの?けっして一人ひとりしろもんそとるなとお父様とうさまがおっしゃったことをわすれないで!」といながらさくられんうでつかもうとしたが、れんは「はい、はい、かってる」といらいらしたようにいながらさくらはらけ、廊下ろうか階段かいだんまでけてった。

さくらは「ああ、もう!あの馬鹿ばか面倒めんどうているひまはない。今朝けさ評議ひょうぎかないと…」とつぶやき、いもうとのことはわすれ、評議室ひょうぎしつへといそいだ。

階段かいだんくだりながら、れんは「もう、しろもんそとるななんて!しろからはっきりえる建物たてものならもう全部ぜんぶつくってしまったのに!城下町じょうかまちかないと、さそうないえつからない!」とつぶやいた。

しばらくすると、れん台所だいどころはいった。いつものあさのように、台所だいどころにぎやかだったが、運良うんよくそこにいる下女達げじょたち視線しせんすずほういていた。

下女げじょ一人ひとりすずほうかがめ、「今日きょう、お姫様ひめさまはどんなお料理りょうりをおつくりになりますか?」とった。

すず下女げじょ見上みあげ、「なに美味おいしいおやつ!」とこたえた。

下女げじょは、「おにぎりはいかがでしょうか?」とすすめた。

「いいよ!おにぎりが大好だいすき!」

一方いっぽうれんたくまれたおやつをいくつかり、ふところにしまってから勝手口かってぐちからようとすると、背後はいごから「れんねえちゃま!おにぎりをこしらえてみます!あとべてみてもらえますか?」と威勢いせいのいいこえこえた。「しまった」とつぶやくと、れん勝手口かってぐちからした。

れんへいそばさくらへといそぎ、紙束かみたばふところにしまってからのぼった。えだってへいうえうつり、こうにりた。すると、なかまち建物たてものでいっぱいになったれんはそこへかってあるはじめた。

まちみちをぶらぶらとあるきながら、「あれはっていない」とか「あれはもうつくった」とかつぶやいているれんには建物たてもの以外いがいものなにうつっていないようで、まわりの人々ひとびとにもくばっていないようだった。だから、どこにってもみの姿すがたすこはなれてれんをつけていたことにも、ゆたかな城下町じょうかまちとおぎ、まずしくさびれた場所ばしょまよんだことにもがつかなかった。

ようやく、れんはある建物たてものけられた。ちかづくと、「あれかしら?」というつぶやきは、すぐに「あれしかない!」という確信かくしんわった。

どうしてあのいえめたのか、れん自身じしんにもからなかっただろう。むかしあさやかないろであったとおもわれる二階にかいてのそのいえいまはくすんで白茶しらちゃけてえる。二階にかい露台ろだいにもぐちにも幾人いくにんかのおんながいて、ゆるんだ着物きもの胸元むなもとすこしあらわになり、すそがはだけてふとももがえていたというのに、建物たてものにしか注意ちゅういかないれんがつかなかった。

みちこうがわこしをかけ、れん紙束かみたばひざせて、黄土こうど木炭もくたんでその建物たてものえがはじめた。

しかし、そうしているうちに、おおきなおもかたかれ、ふとおとここえこえた。「おじょうちゃんは綺麗きれいやなぁ。それに、うちに興味きょうみがあるらしい。これからうちではたらくのはどうだ?」

いそがしいからほうっておいて。あっちにってくれないとえない」といらいらしたれんおとこまたあいだから建物たてものようとしたが、おとこ容赦ようしゃなくれんかたつかんだ。「いいか、うちではたらけとったら、うちではたらかなくちゃ駄目だめだ。て!」

「いたたたた!父上ちちうえがこれをくと、大変たいへんなことになるわ!だれか、たすけて!」とをよじってれんさけんだが、おとこれん建物たてものほうってった。「おまえ父親ちちおやても、すぐに片付かたづけてやるさ。このへんしろ武士ぶしでも一人二人ひとりふたりではないところだ、たすけにやつなどいるものか」

第三章だいさんしょう

狐子ここ捜索そうさく

ゆきの部屋へやると、狐子ここきつね姿すがたけてから台所だいどころかって人間にんげんよりもはやはしった。勝手口かってぐちすと、はな地面じめんちかづけてれんにおいをつけようとした。うしろからの「きゃあ!きちね台所だいどころにいた!」というさけびにも、「にしないで、そのきつねはきっと狐子様ここさま狐一様こいちさまでしょう」というこえにもかまわず、においの手掛てがかりを辿たどってけてった。

しばらくすると、狐子ここへいこうにまでしげったおおきなえださくらしたまでた。そのまわりににおいがつづいていないことを確認かくにんしてから、ねこ姿すがたけ、のぼり、へいこうがわりた。

今度こんどいぬ姿すがたけ、またれんにおいをつけてから、においを辿たどってまちはいった。(町人まちびとしろものほどきつねれていないから、その姿すがた城下町じょうかまちはいると問題もんだいこるだろう)まちはいると、れんにおいは人々ひとびとされたのか、狐子ここわずかにのこったにおいをたよりにゆっくりすすむしかなかった。十字路じゅうじろると、方向ほうこう確認かくにんするためにったりたらしているうちに、さらに時間じかんがかかってしまった。

れんにお以外いがいなにがつかないほど注意ちゅういはない集中しゅうちゅうしていた狐子ここ無論むろん周囲しゅういゆたかな町並まちなみがまずしくさびれてきたことにさえ気付きづ余裕よゆうはなかった。とおくからかすかにこえる「だれか、たすけて!」という金切かなきごえ狐子ここ意識いしきれたが、それがどこからこえてたのか、れん関係かんけいがあるのかさえ確信かくしんがないまま、一瞬いっしゅんあしめ、ちらりとあたりを見回みまわしたが、またはな地面じめんもどなに手掛てがかりはないかさがつづいた。

ようやく、みつけられてどろだらけになった数枚すうまいかみ辿たどいた。そのにおいをぐと同時どうじに、道端みちばたから「おまえがあのさがしにたのなら、もうおそいな」というこえがはっきりこえた。こえをする方向ほうこうかえった狐子ここ人間にんげん姿すがたもどり、「あんたは…」といながら二階にかいてのいえかべかっているおとこにらんだ。

第四章だいよんしょう

たすかった

「このへんしろ武士ぶしでも一人ひとり二人ふたりではないところだ、たすけにやつなどいるものか」とれんきずりながらおとこった。そのときみのおとこ二人ふたりまえきゅうちはだかった。「ここにいるかもしれん。とにかく、お嬢様じょうさまをこちらによこせ」とった。そのこえからはそのおとこが、まだほんの若造わかぞうであることがかる。その若者わかものれんうでつかんでいるおとこよりひくかったが、おそれる素振そぶりもせずおとこ見据みすえた。

「おまえ何者なにものだ?おい、野郎やろうども、この馬鹿野郎ばかやろうをやっちまえ」とおとこがいらだったようにはなつと、いえまわりにうろついていた三人さんにんあらっぽいならずものが「へい!」とうなり、がり、ぼう刃物はものかまえた。

みの若者わかものはあざわらうかのように、「三対一さんたいいち勝負しょうぶだな。面白おもしろい。では、そやつらの手並てなみを拝見はいけんといくか」とい、さっとみのいだ。そのしたから殿とのもんのついたふくあらわれると、れんいきんだ。もちろんこの若者わかものはよく見知みしったものだった。

狐一こいちおじ!たすかった!」とれんい、自分じぶんおさえているおとこかえった。「大変たいへんなことになるってったでしょう?狐一こいちおじはとてもつよいのよ。あんな連中れんしゅうなんか足元あしもとにもおよばないわ」

だまれ!わしにさからうとどうなるかをこの若造わかぞうおしえてやるぞ」とおとこい、れんはげしくきずりまわしながら、玄関げんかんほうってったが、玄関げんかんはいまえに、うしろかられた武器ぶき三人さんにん手下てしたどもが次々つぎつぎ玄関げんかんさきほうまれた。げていく女達おんなたち悲鳴ひめいともに「さすが狐一こいちおじ!」というさけびがこえた。

しばらく呆然ぼうぜんたおれた手下てしたやってから、おとこかえった。すると、にこりとわらっている狐一こいちみちなか一人ひとりっている。「やれやれ。もっとつよ相手あいてんでくれないなら、つぎ一対一いちたいいち勝負しょうぶになるらしいな。どうだ?かかってい!」

でも、おとこはもうたたかはないようだった。れんはなして、おにわれたようにした。

「では、そやつが手下てしたあつめてもどまえかえろう」と狐一こいちったが、れん左手ひだりてこして、狐一こいちかおまえ右人差みぎひとさゆびよこった。「狐一こいちおじがたたかいからげたことはいままでないのに、わたしがやろうとしていたことをしないでかえれとうの?それに、わたしってかみんでよごすだなんて!」としかった。

狐一こいち足元あしもとてからかみうえからあし退けた。「すまん。蓮姫れんひめまもることだけかんがえていた。蓮姫れんひめひどわせたくないから、できるだけはや片付かたづけなさい」

すると、れんはあまりよごれていないかみあつめ、もと場所ばしょもどった。一方いっぽう狐一こいちは、れんえがいているいえかべかってれん見守みまもった。

しばらくすると、たおれた手下めした一人ひとりまた一人ひとりわれかえったが、狐一こいち一目ひとめるや、あわててげてった。最後さいご手下てしたあしきずってげるやいなや、地面じめんはなてたいぬがまだみちどろにまみれてりになっているかみほう近寄ちかよった。いぬかみごうとすると、狐一こいちこえをかけた。「おまえがあのさがしにたのなら、もうおそいな」とうと、いぬおんな姿すがたけ、狐一こいちにらみながら「あんたは…」とはなしかけた。もちろん、狐子ここだった。

いらだちのあまりにくちふさがったのか、しばらくだまってから狐一こいちしかはじめた。「どうしてだれかにれんちゃんがしろしたことを報告ほうこくしなかったのか?ゆきちゃんを心配しんぱいさせちゃったのよ!」

でも、狐一こいちみは全然ぜんぜんわらなかった。ゆっくりとがり狐子ここあゆりながら、「だれかに蓮姫れんひめ脱走だそうはもうばれていたのに、狐子ここ従姉ねえちゃんは門番もんばん連中れんちゅうなにかずにたな。いいか、ゆきさま心配しんぱいさせないため、台所だいところ下女達げじょたちなどが蓮姫れんひめしろるところをると、ゆきさまなにわないで門番もんばん報告ほうこくするという命令めいれいがある。すると、おれ蓮姫れんひめ見守みまもりにくことになっているんだな。あのそとでやりたいことをやっちまうと、すぐにしろかえり、数週間すうしゅうかん部屋へやからようとしないぞ。しかし、外出がいしゅつ禁止きんししたり、目的もくてきげるまえかえらせようものなら、一生懸命いっしょうけんめいそうとするにちがいない。だから、このようにあつかったほうがいいと殿とのがおめになったのだ」とった。

狐子ここがったすこしずつやさしくなった。狐子ここはやっと安心あんしんしたのか、「なるほど」とこたえ、れんほう視線しせんかった。 「でもね、どうしてれんちゃんが狐一こいち一緒いっしょこうとたずねないの?」

狐一こいちくびった。「ああ、いや、それは、それをしてみたとき蓮姫れんひめ自由じゆう束縛そくばくされているようにかんじて苛立いらだったから、もうそんなにはなれないんだな。だから、仕方しかたなくいつも一人ひとり脱出だっしゅつしようとしてるんだぞ。では、狐子ここ従姉ねえちゃんはいまはゆきさま蓮姫れんひめ無事ぶじでいることを報告ほうこくしにかえるのか、蓮姫れんひめむまでおれ一緒いっしょにここでつか?」

「ゆきちゃんを安心あんしんさせたほうがいいから、ではまた」と狐子ここうと、いぬ姿すがたもどって、しろかってはしった。

第五章だいごしょう

たびすす

しばらくしてもどってきた狐子ここしろまえ人間にんげん姿すがたけ、ゆきの部屋へやまでいそいだ。

ゆきの部屋へやはいると、ゆきは子供達こどもたちすこまれこまったかおをしてきながら、部屋へやなかすわっていた。さくらが「お母様かあさま、そんなかおをなさらないでください。椿つばき白菊しろぎくかせてしまいますから。狐子ここおばがれんさがしにったので、きっと…きっと無事ぶじかえってきますから」と、背中せなかでながらっていた。

ゆきが狐子ここ気付きづくと、れたほおぬぐいながら期待きたいちた眼差まなざしをけたが、すぐにれんがいないことにいた。「れんれんはどこにいますか?れんなにかあったのでしょうか?」とたずねた。よほど心配しんぱいだったのだろう。そのこえふるえて、かすれ気味ぎみだった

狐子ここはゆきのもと近寄ちかより、ひざをつくと、ゆきのかおぐに見詰みつめながら、「れんちゃんは無事ぶじです。狐一こいちやつがずっとついていますから。さっきれんちゃんはいえいええがいていたから、きっとしばらくしたらかえってくるでしょう」とった。

ゆきはめていた緊張きんちょうゆるんだのか、ながいきをつくと、「よかった…」とつぶやいた。

すると、狐子ここはゆきのをぎゅっとにぎり、「むかしはあんなに強気つよきだったゆきちゃんが、いつのにこんなに気弱きよわになってしまったのかしら。あのころのゆきちゃんならきっと子供達こどもたち心配しんぱいさせないように、もっと気丈きじょうったでしょうね」とったが、ゆきはくちはさんだ。「でも、あのときわたしにはまだ子供こどもはいませんでした。自分じぶん子供こども大変たいへんうなんてことはありえなかったのです。たとえば、もしれん一人ひとりしろして城下町じょうかまちったりしたら、わたし本当ほんとうにどうすればいいのかかりません」とゆきがうと、「自分じぶんなにもできないときには、子供達こどもたちまえでは、なに問題もんだいがないようなふりをしたほうがよいとおもいますよ」と、ゆきのにぎめながらうと、「ふぅ…」と、一度いちどおおきないきをつき、「殿とのはゆきちゃんをあまやかしているようですね。問題もんだい対処法たいしょほうまなばせるというよりむしろ、問題もんだいがあっても、それをゆきちゃんのにはれないようにしているようですね。狐一こいちやつによると、れんちゃんがそうとしているのにだれかが気付きづいても、ゆきちゃんにはなにわないで門番もんばん報告ほうこくしなさいと命令めいれいがあったそうですよ。だからそういうときは、狐一こいちれんちゃんのお見守みまもりについてくそうですわ」とうと、ゆきはキッとげた。「なんてこと!旦那様だんなさま抗議こうぎしないと!」本来ほんらいつよいゆきがやっともどってたようだった。

「それでこそゆきちゃんだわ!頑張がんばって!ひまがあったら、かなら応援おうえんしにますわ」と狐子ここあかるくったが、きゅうかおこもらせ、「でも…いま主人しゅじん世話せわもどらないと。お元気げんきで」とかるあたまげ、った。

狐子ここってから、ゆきはしばらく無邪気むじゃきあそんでおり、おさな娘達むすめたちなだめていた。百合ゆり寝転ねころがりながら、一冊いっさつまた一冊いっさつほんをバラバラめくっていた。最後さいごほんをぱたんとじると、「お母様かあさま、お祖父様じいさまくなっても、私達わたしたちはお祖父様じいさましろを――いえ、いま叔父様おじさましろぶべきかしら?――たずねますか?お祖父様じいさま蔵書ぞうしょなかみたいほんがあったのです。それをまないと、わたしきたいはなし上手うまえがけないようですから」とたずねた。

ゆきはおなかでながら、「わたしはこの状況じょうきょうではけませんね。それに、家老殿かろうさまはまだご病気びょうきですから、お父様とうさまたびなどおかんがえではないでしょう」とこたえた。

するとさくらが「お母様かあさまわたし責任せきにんって妹達いもうとたち面倒めんどうるから、どうか叔父様おじさまたずねることをゆるしてくれませんか?おねがいします」とうと、それにつづいてももすもも百合ゆりすずからも「わたしきたい!」「ゆるしてください!」「従兄弟達いとこたちあそびたい!」「あそこの美味おいしい料理りょうりまなびたい!」「おねがい!」などと、口々くちぐち自分じぶん希望きぼうした。その一方いっぽうで、椿つばき白菊しろぎくは「おかあちゃまとのこりたい」とった。

ゆきは苦笑にがわらないをしながら、「まあまあ、そんなたびわたし一人ひとりゆるすことはできません。でも、これについてお父様とうさまとおはなしします。約束やくそくです」とうと、「した小鳥ことりもどってました」と、戸口とぐちからこえこえ、ふすまき、狐一こいちが、かみたばむねかかえているれんともあらわれた。それをいたれんは、小鳥ことりばれたのがさわったのだろう。かれをきっとにらんだ。「狐一こいちおじ、わたし小鳥ことりなどとぶのはやめてくれませんか?もう十四歳じゅうよんさいだし、すぐに狐子ここおばよりたかくなるから、ほぼ大人おとなではありませんか?」とうと、狐一こいちは、「もっと大人おとならしくえるようになれば、やめます」と、れん言葉しせんかえした。

ゆきはれんあゆり、「おかえりなさい。大切たいせつかみよごれてしわってしまったようですね。どうしましたか?」ときました。

れんうつむき、「ただいま。とくなにこりませんでした。なにもありません。ただ、狐一こいちおじの馬鹿ばかがなぜかわたし大切たいせつかみみつけました」とつぶやいてから、ゆきのかお見上みあげ、「お母様かあさまみなどこかへくのですか?廊下ろうかあるいているときみなが『きたい』とっているのがこえました」とつづけた。

くかどうかはまだめていませんが、この子達こたちきたいところ叔父様おじさましろです」とゆきがうと、れんは「わたしきたい!あっちのまちはまだつくっていないし、えがくことさえしていない建物たてものやまほどあります」とをぎらぎらとかがやかせた。

「でも、またしろしたばつとしてお父様とうさまくことをゆるさないでしょう」とゆきがうと、れんからかがやきがえた。「だって、わたしかないとその建物たてものれません!お父様とうさま説得せっとくして!おねがいします!」とたのんだ。

貴方あなたかえしろすことを、お父様とうさまわたしこころよおもっていないことをっているはずでしょう?この状況じょうきょうで、貴方あなたくことをゆるすはずはありません」とゆきはったが、れんんだ表情ひょうじょうると、「でも、出発しゅっぱつまで一度いちどさずにいられたら、ゆるしてくれるようにお父様とうさま説得せっとくしましょう」

れんかみえがいたいえのぞき、「これをつくるには多分たぶんいち二週間にしゅうかんくらいしかがかからないでしょう。その後何あとなにつくるものがなかったら、このゆびをどうすればいいの?」と片手かたてばしてじっとつめながらつぶやいた。

「ところで、あの大名だいみょうさくら相応ふさわしくないおっとだとお父様とうさま説得せっとくしようとおもいます。もし、それでもさくらとつぐことになったら、さくら部屋へや百合ゆりにでもあたえることにしましょう」ゆきの言葉ことばむねさったのか、れんはしばらく呆然ぼうぜんははかおつめた。「な…なに?で…でも、部屋へやひろげられないのなら、このいえ場所ばしょはいったいどこにありますか?ゆかたなももういえでいっぱいですから…」とったかとおもうと、突然とつぜんひとみおくがついたようにれんはじめた。「そうだ、たな!もっとたな必要ひつようたなつくるしかない!たな!」と脇目わきめらず部屋へやからし、しろ宮大工きゅうだいく詰所つめしょかってした。

狐一こいちくびり、ゆきにあゆり、「あの気性きしょうはちょっと…」とゆきの耳元みみもとつぶやいた。すると、ゆきは「そうですね」としずかにこたえ、狐一こいち廊下ろうかれてった。「旦那様だんなさまはなまえに、まちこったことをいておきたいのです」とい、狐一こいち報告ほうこくけた。

第六章だいろくしょう

殿とのとの茶席ちゃせき

そのばん、ゆきはおちゃてると茶碗ちゃわん殿とのしながらこえをかけた。「旦那様だんなさま、ちょっとおはなししたいことがありますが」

殿とのうつむき、「れんのことか?狐一こいちやつうには、おまえはそのことについてこころよおもっていないようだな。すまん」とあやまった。

わたしよろこぶとでもおもっていらっしゃいましたか?この状況じょうきょうはいつからなのですか?」ゆきのしずかな言葉ことばうらいかりがかんじられた。

殿とのあごをさすりながら、「いつからだと?ふむ。らん病気びょうきで、おまえらんのことしかあたまになかったときからだな。もう一年いちねんくらいまえになるだろう。あのときわたしれんのことについておまえはないたかったが、おまえにはそんな余裕よゆうはないようにおもえた。それで、自分じぶんであのあつかかためる以外いがい仕方しかたがなかったのだ。そのあとのことは本当ほんとうもうわけないとおもっている」とった。

ゆきはしばらくだまって殿とのかおながめた。そして、「かりました。れんのことはまたあとはなうとして、まずはさくらのことについてです。すでに側室そくしつ四人よにんもいるひととつぐなんて、いくらお相手あいて一国いっこくあるじであっても、殿との長女ちょうじょには相応ふさわしくないのではないでしょうか?もっと相応ふさわしいお相手あいてはいらっしゃらないのでしょうか?」とたずねた。

殿とのいきをつき、「近隣諸国きんりんしょこく状況じょうきょうてもかるだろう。このあたりのくにまないと、一国いっこくまた一国いっこく関東かんとう連中れんちゅうつぶされてしまうのだ。父上ちちうえ時代じだい同盟どうめいふたた確固かっこたるものにするには、この縁組えんぐみであのかたむよりほかみちはあるまい。さくらとの結婚けっこんをあのかたからげられたとき正直しょうじきなところ、ついているとおもった。だが、なにかるところがある。それでまだあのかたにはっきりとした返事へんじはしていないのだ」とこたえた。

ゆきは、「あのかたに、このまま跡継あさつぎがおまれにならない場合ばあい、あのかた弟君おとうとぎみしろぐことになりましょう。たしか、弟君おとうとぎみ長男ちょうなんさくらよりすこ年上としうえで、まだひとだったとおもいますが。ゆくゆくは城主じょうしゅになる可能性かのうせいたかいそのかたとつがせるほうさくらにとってもおたがいのくににとってもよい選択せんたくなのではないでしょうか」といた。

殿とのはしばらくかんがんでから、「ふむ。あのかたがそれをれてくれるだろうか。そうなるとよいのだが」とった。

ゆきは、「よかった。もうひとはないたいことがあります。百合ゆりをはじめ、年長ねんちょう娘達むすめたちすずまでもが義弟おとうとしろたずねたがっています。わたし旦那様だんなさまたびができないことを説明せつめいしたのですが、さくら自分じぶん責任せきにんをもって妹達いもうとたち面倒めんどうるのでゆるしてしいとっています。いかがおもわれますか?」とたずねた。

殿とのは、「めるまえおとうと相談そうだんする必要ひつようがあるな。打診だしんする必要ひつようがある。かれ承知しょうちしないと無理むりだな。たびをするなら、狐一こいちやつ道中どうちゅうのことはまかせればいいが、れんかないなら…むずかしい」とこたえた。

ゆきはうなずき、「そのことでしたら、れんもとてもきたがっていて、自分じぶんけるのなら、以後いご一切いっさいしろしはしないと約束やくそくしてもいいとおもっているようです。そして、さくら部屋へや使つかうことはできないと説明せつめいすると、たなつくりに宮大工みやだいくところけてってしまいましたけれど。ひめには相応ふさわしいたしなみではありませんが、もしかしてれん大工だいくもと工芸品こうげいひんなどの細工さいくにでも興味きょうみいてくれれば、しろすことがるかもしれません。れんこまかい手仕事てしごときですからね」とった。

殿とのくびかしげ、「ふむ。あのすことをやめるならばよかろう。かんがえてみる」とった。

第七章だいななしょう

たび準備じゅんび

つぎあさ殿とのさくら結婚けっこんしたいという大名だいみょうおとうともと使者ししゃおくった。また、宮大工みやだいくし、れん工芸品こうげいひんつくりをすすめるように命令めいれいした。

そして、狐一こいちし、「娘達むすめたちおとうとしろきたがっているようだ。おとうと了解りょうかいしてくれるかどうかはまだからないが、いずれにしてもたび準備じゅんびはじめなさい」とめいじた。

狐一こいち一礼いちれいするとった。「おそれながら、妖怪ようかいあばれているといううわさひろまっております。いまたびをしないほうがよろしいのではないでしょうか」

殿との興味きょうみなさそうにった。「この三年間さんねんかんというもの、おまえはずっとそんなことをっているぞ。だが、いままで妖怪ようかいがこのくにあらわれたことなど一度いちどたりともなく、とどいたのはみなきつねのいたずらのはなしばかり。そんなうわさでいちいちわたしわずらわせないでくれ」

狐一こいち不機嫌ふきげんそうにだまったままあたまげ、退いた。殿との部屋へやからつづ廊下ろうかあるいていると、ももすももってきた。

双子ふたご一人ひとりが「狐一こいちおじ!父上ちちうえたびゆるしてくれたのですか?」とくと、もう一人ひとりは「今度こんどは、私達わたしたち武士ぶしのようにうまりたいの!一年間いちねんかんうま練習れんしゅうをしてきたんですもの、駕籠かごになんてりたくないわ」と興奮こうふんしながらった。そして、二人ふたりともに「おねがい!おねがい!」とさけんだ。

狐一こいちくびった。「それはわたしめることではありませんよ。殿とのいてみてください」とうと、双子ふたご殿との部屋へやした。くびりながら廊下ろうかあるいている狐一こいち階段かいだんまえに、うしろから「やった!」とさけびとともってくる足音あしおとこえた。双子ふたご狐一こいちまわりで一躍ひとおどりし、「父上ちちうえゆるしてくれた!」とってから階段かいだんりた。

伯母上おばうえ子孫しそんはみんなわっているな。きつね人間にんげんじったせいかな。広子ひろこおれらの子供こどもはそのようにならないようにねがいたいものだ」と狐一こいち一人ひとりつぶやき、おもわず苦笑くしょうした。「まあ、ここにるまで、おれもそのようにっていたがな。責任せきにんたされるようになってからおれわったな」

宮大工みやだいく詰所つめしょでは、れんたな材木ざいもくえらんでいるところだった。殿との部屋へやからもどってて、れん様子ようす大工だいくが、「お嬢様じょうさま、そんな大変たいへん仕事しごとをご自分じぶんでなさるのはおやめください」とったが、れんはただ「いそがしいからほうっておいてよ」とこたえた。

大工だいくだまんだ。そして、たくからかみげた。「お嬢様じょうさま殿との工芸品こうげいひんつくるようにわたしにご命令めいれいなさいました。この図面ずめんのようにつくりたいのですけれど、このとしったでは若者わかものころのようにはこまかい部分ぶぶんがもはやえませんので、できる自信じしんがありません。どうか、わたしのこの細工さいく手伝てつだっていただいて、お嬢様じょうさまのその力仕事ちからしごとわたしめにおまかくださるならば本当ほんとうたすかります」といながら、かみれんまえした。

れんかみはらけ、「いそがしいとったでしょ…」といかけたが、ふいにまるくなって、れん大工だいくほうかみつかもうとした。「ちょ…ちょっとって!そのをもう一度いちどせてちょうだい。こんなに見事みごと意匠いしょうまれてから一度いちどたことがないわ。これはぜひともわたしがこれをつくらなくては」とってから、れんをよく検討けんとうしながら、必要ひつよう道具どうぐってるように口早くちばや大工だいくいつけた。

そうしてれん熱心ねっしん工芸品こうげいひんつくはじめた。そのように数日間すうにちかんったころ殿とのおとうと使者ししゃのやりりをかえし、訪問ほうもん日程にっていなどをめた。

さくら結婚けっこんしたいという大名だいみょうとの交渉こうしょう上手うまった。大名だいみょうさくら大名だいみょうおいとつがせるという代案だいあん同意でういし、見合みあいのせきもうけてくれるよう依頼いらいしてた。殿とのはすぐにそれに同意どういし、日程にってい娘達むすめたちかえってころめた。

狐一こいちたび準備じゅんびいそがしかった。護衛ごえい家来けらい駕籠かごきや荷運にひこびなどの人選じんせん宿やど手配てはいなど、たびまえ色々いろいろなことをしなければいけないのである。

姉妹達しまいたちおもおもいの荷作にづくりをした。さくら綺麗きれい着物きものれん大切たいせつちいさなおもちゃのいえ双子ふたごふところかくてる刃物はもの百合ゆりほんすずはたくさんのお菓子かし準備じゅんびしていた。