目次(もくじ)

  1. 第一章(だいいっしょう)  ゆきの子供達(こどもたち)
  2. 第二章(だいにしょう)  蓮(れん)は何(なに)をしている?
  3. 第三章(だいさんしょう)  狐子(ここ)の捜索(そうさく)
  4. 第四章(だいよんしょう)  助(たす)かった
  5. 第五章(だいごしょう)  旅(たび)の勧(すす)め
  6. 第六章(だいろくしょう)  殿(との)との茶席(ちゃせき)
  7. 第七章(だいななしょう)  旅(たび)の準備(じゅんび)

第四章(だいよんしょう)

助(たす)かった

「この辺(へん)は城(しろ)の武士(ぶし)でも一人(ひとり)二人(ふたり)では来(こ)ない所(ところ)だ、助(たす)けに来(く)る奴(やつ)などいるものか」と蓮(れん)を引(ひ)きずりながら男(おとこ)が言(い)った。その時(とき)、蓑(みの)を着(き)た男(おとこ)が二人(ふたり)の前(まえ)に急(きゅう)に立(た)ちはだかった。「ここにいるかもしれん。とにかく、お嬢様(じょうさま)をこちらによこせ」と言(い)った。その声(こえ)からはその男(おとこ)が、まだほんの若造(わかぞう)であることが分(わ)かる。その若者(わかもの)は蓮(れん)の腕(うで)を掴(つか)んでいる男(おとこ)より背(せ)が低(ひく)かったが、恐(おそ)れる素振(そぶ)りも見(み)せず男(おとこ)を見据(みす)えた。

「お前(まえ)は何者(なにもの)だ?おい、野郎(やろう)ども、この馬鹿野郎(ばかやろう)をやっちまえ」と男(おとこ)がいらだったように言(い)い放(はな)つと、家(いえ)の周(まわ)りにうろついていた三人(さんにん)の荒(あら)っぽいならず者(もの)が「へい!」と言(い)うなり、立(た)ち上(あ)がり、棒(ぼう)や刃物(はもの)を手(て)に構(かま)えた。

蓑(みの)の若者(わかもの)はあざ笑(わら)うかのように、「三対一(さんたいいち)の勝負(しょうぶ)だな。面白(おもしろ)い。では、そやつらの手並(てな)みを拝見(はいけん)といくか」と言(い)い、さっと蓑(みの)を脱(ぬ)いだ。その下(した)から殿(との)の紋(もん)のついた服(ふく)が現(あらわ)れると、蓮(れん)は息(いき)を呑(の)んだ。もちろんこの若者(わかもの)はよく見知(みし)った者(もの)だった。

「狐一(こいち)おじ!助(たす)かった!」と蓮(れん)は言(い)い、自分(じぶん)を抑(おさ)えている男(おとこ)を振(ふ)り返(かえ)った。「大変(たいへん)なことになるって言(い)ったでしょう?狐一(こいち)おじはとても強(つよ)いのよ。あんな連中(れんしゅう)なんか足元(あしもと)にも及(およ)ばないわ」

「黙(だま)れ!わしに逆(さか)らうとどうなるかをこの若造(わかぞう)に教(おし)えてやるぞ」と男(おとこ)は言(い)い、蓮(れん)を激(はげ)しく引(ひ)きずり振(ふ)り回(まわ)しながら、玄関(げんかん)の方(ほう)へ引(ひ)っ張(ぱ)って行(い)ったが、玄関(げんかん)に入(はい)る前(まえ)に、後(うし)ろから折(お)れた武器(ぶき)や三人(さんにん)の手下(てした)どもが次々(つぎつぎ)と玄関(げんかん)先(さき)に放(ほう)り込(こ)まれた。逃(に)げていく女達(おんなたち)の悲鳴(ひめい)と共(とも)に「さすが狐一(こいち)おじ!」という叫(さけ)びが聞(き)こえた。

しばらく呆然(ぼうぜん)と倒(たお)れた手下(てした)を見(み)やってから、男(おとこ)は振(ふ)り返(かえ)った。すると、にこりと笑(わら)っている狐一(こいち)が道(みち)の真(ま)ん中(なか)に一人(ひとり)立(た)っている。「やれやれ。もっと強(つよ)い相手(あいて)を呼(よ)んでくれないなら、次(つぎ)は一対一(いちたいいち)の勝負(しょうぶ)になるらしいな。どうだ?かかって来(こ)い!」

でも、男(おとこ)はもう戦(たたか)う気(き)はないようだった。蓮(れん)を放(はな)して、鬼(おに)に追(お)われたように逃(に)げ出(だ)した。

「では、そやつが手下(てした)を集(あつ)めて戻(もど)る前(まえ)に帰(かえ)ろう」と狐一(こいち)が言(い)ったが、蓮(れん)は左手(ひだりて)を腰(こし)に当(あ)て、狐一(こいち)の顔(かお)の前(まえ)で右人差(みぎひとさ)し指(ゆび)を横(よこ)に振(ふ)った。「狐一(こいち)おじが戦(たたか)いから逃(に)げたことは今(いま)までないのに、私(わたし)がやろうとしていたことをしないで帰(かえ)れと言(い)うの?それに、私(わたし)が持(も)って来(き)た紙(かみ)を踏(ふ)んで汚(よご)すだなんて!」と叱(しか)った。

狐一(こいち)は足元(あしもと)を見(み)てから紙(かみ)の上(うえ)から足(あし)を退(ど)けた。「すまん。蓮姫(れんひめ)を守(まも)ることだけ考(かんが)えていた。蓮姫(れんひめ)を酷(ひど)い目(め)に遭(あ)わせたくないから、できるだけ早(はや)く片付(かたづ)けなさい」

すると、蓮(れん)はあまり汚(よご)れていない紙(かみ)を集(あつ)め、元(もと)の場所(ばしょ)に戻(もど)った。一方(いっぽう)、狐一(こいち)は、蓮(れん)が描(えが)いている家(いえ)の壁(かべ)に寄(よ)り掛(か)かって蓮(れん)を見守(みまも)った。

しばらくすると、倒(たお)れた手下(めした)が一人(ひとり)また一人(ひとり)と我(われ)に返(かえ)ったが、狐一(こいち)と一目(ひとめ)見(み)るや、慌(あわ)てて逃(に)げて行(い)った。最後(さいご)の手下(てした)が足(あし)を引(ひ)きずって逃(に)げるや否(いな)や、地面(じめん)に鼻(はな)を当(あ)てた犬(いぬ)がまだ道(みち)の泥(どろ)にまみれて置(お)き去(さ)りになっている紙(かみ)の方(ほう)へ近寄(ちかよ)った。犬(いぬ)が紙(かみ)を嗅(か)ごうとすると、狐一(こいち)は声(こえ)をかけた。「お前(まえ)があの子(こ)を捜(さが)しに来(き)たのなら、もう遅(おそ)いな」と言(い)うと、犬(いぬ)は女(おんな)の姿(すがた)に化(ば)け、狐一(こいち)を睨(にら)みながら「あんたは…」と話(はな)しかけた。もちろん、狐子(ここ)だった。

いらだちのあまりに口(くち)が塞(ふさ)がったのか、しばらく黙(だま)ってから狐一(こいち)を叱(しか)り始(はじ)めた。「どうして誰(だれ)かに蓮(れん)ちゃんが城(しろ)を抜(ぬ)け出(だ)したことを報告(ほうこく)しなかったのか?ゆきちゃんを心配(しんぱい)させちゃったのよ!」

でも、狐一(こいち)の笑(え)みは全然(ぜんぜん)変(か)わらなかった。ゆっくりと立(た)ち上(あ)がり狐子(ここ)に歩(あゆ)み寄(よ)りながら、「誰(だれ)かに蓮姫(れんひめ)の脱走(だそう)はもうばれていたのに、狐子(ここ)従姉(ねえ)ちゃんは門番(もんばん)の連中(れんちゅう)に何(なに)も訊(き)かずに来(き)たな。いいか、ゆき様(さま)を心配(しんぱい)させないため、台所(だいところ)の下女達(げじょたち)などが蓮姫(れんひめ)が城(しろ)を出(で)るところを見(み)ると、ゆき様(さま)に何(なに)も言(い)わないで門番(もんばん)に報告(ほうこく)するという命令(めいれい)がある。すると、俺(おれ)が蓮姫(れんひめ)を見守(みまも)りに行(い)くことになっているんだな。あの子(こ)が外(そと)でやりたいことをやっちまうと、すぐに城(しろ)に帰(かえ)り、数週間(すうしゅうかん)は部屋(へや)から出(で)ようとしないぞ。しかし、外出(がいしゅつ)を禁止(きんし)したり、目的(もくてき)を遂(と)げる前(まえ)に帰(かえ)らせようものなら、来(く)る日(ひ)も来(く)る日(ひ)も一生懸命(いっしょうけんめい)抜(ぬ)け出(だ)そうとするに違(ちが)いない。だから、このように扱(あつか)った方(ほう)がいいと我(わ)が殿(との)がお決(き)めになったのだ」と言(い)った。

狐子(ここ)の釣(つ)り上(あ)がった目(め)が少(すこ)しずつ優(やさ)しくなった。狐子(ここ)はやっと安心(あんしん)したのか、「なるほど」と答(こた)え、蓮(れん)の方(ほう)へ視線(しせん)を向(む)かった。 「でもね、どうして蓮(れん)ちゃんが狐一(こいち)に一緒(いっしょ)に行(い)こうと訊(たず)ねないの?」

狐一(こいち)は首(くび)を振(ふ)った。「ああ、いや、それは、それをしてみた時(とき)、蓮姫(れんひめ)は自由(じゆう)が束縛(そくばく)されているように感(かん)じて苛立(いらだ)ったから、もうそんな気(き)にはなれないんだな。だから、仕方(しかた)なくいつも一人(ひとり)で脱出(だっしゅつ)しようとしてるんだぞ。では、狐子(ここ)従姉(ねえ)ちゃんは今(いま)はゆき様(さま)に蓮姫(れんひめ)が無事(ぶじ)でいることを報告(ほうこく)しに帰(かえ)るのか、蓮姫(れんひめ)の気(き)が済(す)むまで俺(おれ)と一緒(いっしょ)にここで待(ま)つか?」

「ゆきちゃんを安心(あんしん)させた方(ほう)がいいから、ではまた」と狐子(ここ)は言(い)うと、犬(いぬ)の姿(すがた)に戻(もど)って、城(しろ)へ向(む)かって走(はし)った。