目次(もくじ)

  1. 第一章(だいいっしょう)  ゆきの子供達(こどもたち)
  2. 第二章(だいにしょう)  蓮(れん)は何(なに)をしている?
  3. 第三章(だいさんしょう)  狐子(ここ)の捜索(そうさく)
  4. 第四章(だいよんしょう)  助(たす)かった
  5. 第五章(だいごしょう)  旅(たび)の勧(すす)め
  6. 第六章(だいろくしょう)  殿(との)との茶席(ちゃせき)
  7. 第七章(だいななしょう)  旅(たび)の準備(じゅんび)

第六章(だいろくしょう)

殿(との)との茶席(ちゃせき)

その晩(ばん)、ゆきはお茶(ちゃ)を点(た)てると茶碗(ちゃわん)を殿(との)に差(さ)し出(だ)しながら声(こえ)をかけた。「旦那様(だんなさま)、ちょっとお話(はな)ししたいことがありますが」

殿(との)は俯(うつむ)き、「蓮(れん)のことか?狐一(こいち)の奴(やつ)が言(い)うには、お前(まえ)はそのことについて快(こころよ)く思(おも)っていないようだな。すまん」と謝(あやま)った。

「私(わたし)が喜(よろこ)ぶとでも思(おも)っていらっしゃいましたか?この状況(じょうきょう)はいつからなのですか?」ゆきの静(しず)かな言葉(ことば)の裏(うら)に怒(いか)りが感(かん)じられた。

殿(との)は顎(あご)をさすりながら、「いつからだと?ふむ。蘭(らん)が病気(びょうき)で、お前(まえ)が蘭(らん)のことしか頭(あたま)になかった時(とき)からだな。もう一年(いちねん)くらい前(まえ)になるだろう。あの時(とき)、私(わたし)は蓮(れん)のことについてお前(まえ)と話(はな)し合(あ)いたかったが、お前(まえ)にはそんな余裕(よゆう)はないように思(おも)えた。それで、自分(じぶん)であの子(こ)の扱(あつか)い方(かた)を決(き)める以外(いがい)仕方(しかた)がなかったのだ。その後(あと)のことは本当(ほんとう)に申(もう)し訳(わけ)ないと思(おも)っている」と言(い)った。

ゆきはしばらく黙(だま)って殿(との)の顔(かお)を眺(なが)めた。そして、「分(わ)かりました。蓮(れん)のことはまた後(あと)で話(はな)し合(あ)うとして、まずは桜(さくら)のことについてです。すでに側室(そくしつ)が四人(よにん)もいる人(ひと)に嫁(とつ)ぐなんて、いくらお相手(あいて)が一国(いっこく)の主(あるじ)であっても、我(わ)が殿(との)の長女(ちょうじょ)には相応(ふさわ)しくないのではないでしょうか?もっと相応(ふさわ)しいお相手(あいて)はいらっしゃらないのでしょうか?」と尋(たず)ねた。

殿(との)は溜(た)め息(いき)をつき、「近隣諸国(きんりんしょこく)の状況(じょうきょう)を見(み)ても分(わ)かるだろう。この辺(あた)りの国(くに)が手(て)を組(く)まないと、一国(いっこく)また一国(いっこく)と関東(かんとう)の連中(れんちゅう)に潰(つぶ)されてしまうのだ。父上(ちちうえ)の時代(じだい)の同盟(どうめい)を再(ふたた)び確固(かっこ)たるものにするには、この縁組(えんぐ)みであの方(かた)と手(て)を組(く)むより他(ほか)に道(みち)はあるまい。桜(さくら)との結婚(けっこん)の意(い)をあの方(かた)から告(つ)げられた時(とき)、正直(しょうじき)なところ、ついていると思(おも)った。だが、何(なに)か引(ひ)っ掛(か)かるところがある。それでまだあの方(かた)にはっきりとした返事(へんじ)はしていないのだ」と答(こた)えた。

ゆきは、「あの方(かた)に、このまま跡継(あさつ)ぎがお生(う)まれにならない場合(ばあい)、あの方(かた)の弟君(おとうとぎみ)が城(しろ)を継(つ)ぐことになりましょう。確(たし)か、弟君(おとうとぎみ)の長男(ちょうなん)は桜(さくら)より少(すこ)し年上(としうえ)で、まだ独(ひと)り身(み)だったと思(おも)いますが。ゆくゆくは城主(じょうしゅ)になる可能性(かのうせい)の高(たか)いその方(かた)に嫁(とつ)がせる方(ほう)が桜(さくら)にとってもお互(たが)いの国(くに)にとってもよい選択(せんたく)なのではないでしょうか」と訊(き)いた。

殿(との)はしばらく考(かんが)え込(こ)んでから、「ふむ。あの方(かた)がそれを受(う)け入(い)れてくれるだろうか。そうなるとよいのだが」と言(い)った。

ゆきは、「よかった。もう一(ひと)つ話(はな)し合(あ)いたいことがあります。百合(ゆり)をはじめ、年長(ねんちょう)の娘達(むすめたち)は鈴(すず)までもが義弟(おとうと)の城(しろ)を訪(たず)ねたがっています。私(わたし)も旦那様(だんなさま)も旅(たび)ができないことを説明(せつめい)したのですが、桜(さくら)は自分(じぶん)が責任(せきにん)をもって妹達(いもうとたち)の面倒(めんどう)を見(み)るので許(ゆる)して欲(ほ)しいと言(い)っています。いかが思(おも)われますか?」と訊(たず)ねた。

殿(との)は、「決(き)める前(まえ)に弟(おとうと)と相談(そうだん)する必要(ひつよう)があるな。打診(だしん)する必要(ひつよう)がある。彼(かれ)が承知(しょうち)しないと無理(むり)だな。旅(たび)をするなら、狐一(こいち)の奴(やつ)に道中(どうちゅう)のことは任(まか)せればいいが、蓮(れん)が行(い)かないなら…難(むずか)しい」と答(こた)えた。

ゆきは頷(うなず)き、「そのことでしたら、蓮(れん)もとても行(い)きたがっていて、自分(じぶん)も行(い)けるのなら、以後(いご)一切(いっさい)城(しろ)を抜(ぬ)け出(だ)しはしないと約束(やくそく)してもいいと思(おも)っているようです。そして、桜(さくら)の部屋(へや)を使(つか)うことはできないと説明(せつめい)すると、棚(たな)を作(つく)りに宮大工(みやだいく)の所(ところ)へ駆(か)けて行(い)ってしまいましたけれど。姫(ひめ)には相応(ふさわ)しいたしなみではありませんが、もしかして蓮(れん)が大工(だいく)の下(もと)で工芸品(こうげいひん)などの細工(さいく)にでも興味(きょうみ)が向(む)いてくれれば、城(しろ)を抜(ぬ)け出(だ)すことが減(へ)るかもしれません。蓮(れん)は細(こま)かい手仕事(てしごと)が好(す)きですからね」と言(い)った。

殿(との)は首(くび)を傾(かし)げ、「ふむ。あの子(こ)が抜(た)け出(だ)すことをやめるならばよかろう。考(かんが)えてみる」と言(い)った。