目次(もくじ)

  1. 第一章(だいいっしょう)  ゆきの紹介(しょうかい)
  2. 第二章(だいにしょう)  漁師(りょうし)との出会(であ)い
  3. 第三章(だいさんしょう)  狐(きつね)との出会(であ)い
  4. 第四章(だいよんしょう)  商人(しょうにん)との出会(であ)い
  5. 第五章(だいごしょう)  助(たす)けて!
  6. 第六章(だいろくしょう)  都(みやこ)に到着(とうちゃく)
  7. 第七章(だいななしょう)  買物(かいもの)
  8. 第八章(だいはっしょう)  若殿(わかとの)との出逢(であ)い
  9. 第九章(だいきゅうしょう)  家老(かろう)の調査(ちょうさ)
  10. 第十章(だいじっしょう)  家老(かろう)の調査報告(ちょうさほうこく)
  11. 第十一章(だいじゅういっしょう)  忍者(にんじゃ)の襲撃(しゅうげき)
  12. 第十二章(だいじゅうにしょう)  ゆきはどこだ?
  13. 第十三章(だいじゅうさんしょう)  一本(いっぽん)の毛(け)
  14. 第十四章(だいじゅうよんしょう)  救出(きゅうしゅつ)
  15. 第十五章(だいじゅうごしょう)  大名(だいみょう)
  16. 第十六章(だいじゅうろくしょう)  鬼(おに)
  17. 第十七章(だいじゅうななしょう)  家来(けらい)の不満(ふまん)
  18. 第十八章(だいじゅうはっしょう)  鬼(おに)の襲撃(しゅうげき)
  19. 第十九章(だいじゅうきゅうしょう)  鬼(おに)の敗北(はいぼく)
  20. 第二十章(だいにじっしょう)  殿様(とのさま)の評議(ひょうぎ)
  21. 第二十一章(だいにじゅういっしょう)  大名(だいみょう)の返事(へんじ)
  22. 第二十二章(だいにじゅうにしょう)  殿様(とのさま)の返事(へんじ)
  23. 第二十三章(だいにじゅうさんしょう)  若殿(わかとの)の出陣(しゅつじん)
  24. 第二十四章(だいにじゅうよんしょう)  大名(だいみょう)の思(おも)い付(つ)き
  25. 第二十五章(だいにじゅうごしょう)  忍者(にんじゃ)の思(おも)い付(つ)き
  26. 第二十六章(だいにじゅうろくしょう)  ゆきの出発(しゅっぱつ)
  27. 第二十七章(だいにじゅうななしょう)  ゆきの演説(えんぜつ)
  28. 第二十八章(だいにじゅうはっしょう)  家老(かろう)の再取立(さいとりた)て
  29. 第二十九章(だいにじゅうきゅうしょう)  狐(きつね)との会話(かいわ)
  30. 第三十章(だいさんじっしょう)  狐子(ここ)の紹介(しょうかい)
  31. 第三十一章(だいさんじゅういっしょう)  市場(いちば)へ
  32. 第三十二章(だいさんじゅうにしょう)  呉服屋(ごふくや)の中(なか)
  33. 第三十三章(だいさんじゅうさんしょう)  面白(おもしろ)い本(ほん)はどこだ?
  34. 第三十四章(だいさんじゅうよんしょう)  市場(いちば)の中(なか)
  35. 第三十五章(だいさんじゅうごしょう)  庄屋(しょうや)の家(いえ)の中(なか)
  36. 第三十六章(だいさんじゅうろくしょう)  城(しろ)へ帰(かえ)る
  37. 第三十七章(だいさんじゅうななしょう)  狐子(ここ)との会話(かいわ)
  38. 第三十八章(だいさんじゅうはっしょう)  評議(ひょうぎ)
  39. 第三十九章(だいさんじゅうきゅうしょう)  旅(たび)の準備(じゅんび)
  40. 第四十章(だいよんじっしょう)  最初(さいしょ)の村(むら)
  41. 第四十一章(だいよんじゅういっしょう)  女将(おかみ)の到着(とうちゃく)
  42. 第四十二章(だいよんじゅうにしょう)  危難(きなん)の噂(うわさ)
  43. 第四十三章(だいよんじゅうさんしょう)  鬼(おに)との遭遇(そうぐう)
  44. 第四十四章(だいよんじゅうよんしょう)  破壊(はかい)された村(むら)
  45. 第四十五章(だいよんじゅうごしょう)  広(ひろ)がる噂(うわさ)
  46. 第四十六章(だいよんじゅうろくしょう)  城(しろ)への帰還(きかん)
  47. 第四十七章(だいよんじゅうななしょう)  女将(おかみ)との会話(かいわ)
  48. 第四十八章(だいよんじゅうはっしょう)  家老(かろう)の助言(じょげん)
  49. 第四十九章(だいよんじゅうきゅうしょう)  面会(めんかい)の準備(じゅんび)
  50. 第五十章(だいごじっしょう)  家来(けらい)の妻(つま)
  51. 第五十一章(だいごじゅういっしょう)  茶席(ちゃせき)の予定(よてい)
  52. 第五十二章(だいごじゅうにしょう)  三本(さんぼん)の尻尾(しっぽ)
  53. 第五十三章(だいごじゅうさんしょう)  狐子(ここ)の話(はなし)
  54. 第五十四章(だいごじゅうよんしょう)  話(はなし)の続(つづ)き
  55. 第五十五章(だいごじゅうごしょう)  家老(かろう)の話(はなし)
  56. 第五十六章(だいごじゅうろくしょう)  寂(さび)しげな二人(ふたり)
  57. 第五十七章(だいごじゅうななしょう)  茶室(ちゃしつ)にて
  58. 第五十八章(だいごじゅうはっしょう)  琵琶法師(びわほうし)の到着(とうちゃく)
  59. 第五十九章(だいごじゅうきゅうしょう)  冬(ふゆ)の活動(かつどう)
  60. 第六十章(だいろくじっしょう)  狐(きつね)の到着(とうちゃく)
  61. 第六十一章(だいろくじゅういっしょう)  琵琶法師(びわほうし)の話(はなし)
  62. 第六十二章(だいろくじゅうにしょう)  旅(たび)の初(はじ)め
  63. 第六十三章(だいろくじゅうさんしょう)  狐(きつね)の土地(とち)へ
  64. 第六十四章(だいろくじゅうよんしょう)  子狐(こぎつね)との出会(であ)い
  65. 第六十五章(だいろくじゅうごしょう)  姫(ひめ)との出会(であ)い
  66. 第六十六章(だいろくじゅうろくしょう)  晩(ばん)の会話(かいわ)
  67. 第六十七章(だいろくじゅうななしょう)  族長(ぞくちょう)との会話(かいわ)
  68. 第六十八章(だいろくじゅうはっしょう)  八狐(はちこ)との会話(かいわ)
  69. 第六十九章(だいろくじゅうきゅうしょう)  姫(ひめ)の話(はなし)
  70. 第七十章(だいななじっしょう)  狐(きつね)との決戦(けっせん)
  71. 第七十一章(だいななじゅういっしょう)  狐子(ここ)の勝負(しょうぶ)
  72. 第七十二章(だいななじゅうにしょう)  若殿(わかとの)との茶席(ちゃせき)
  73. 第七十三章(だいななじゅうさんしょう)  城(しろ)へ戻(もど)る
  74. 第七十四章(だいななじゅうよんしょう)  狐一(こいち)と下女(げじょ)
  75. 第七十五章(だいななじゅうごしょう)  新(あたら)しい着物(きもの)
  76. 第七十六章(だいななじゅうろくしょう)  新(あたら)しい仕事(しごと)
  77. 第七十七章(だいななじゅうななしょう)  広子(ひろこ)と小猫(こねこ)
  78. 第七十八章(だいななじゅうはっしょう)  狐子(ここ)からの試(ため)し
  79. 第七十九章(だいななじゅうきゅうしょう)  琵琶法師(びわほうし)の告白(こくはく)
  80. 第八十章(だいはちじっしょう)  呪(のろ)いを解(と)く
  81. 第八十一章(だいはちじゅういっしょう)  お守(まも)り
  82. 第八十二章(だいはちじゅうにしょう)  家老(かろう)との面会(めんかい)
  83. 第八十三章(だいはちじゅうさんしょう)  頭痛(ずつう)
  84. 第八十四章(だいはちじゅうよんしょう)  殿様(とのさま)の到着(とうちゃく)
  85. 第八十五章(だいはちじゅうごしょう)  殿様(とのさま)との茶席(ちゃせき)
  86. 第八十六章(だいはちじゅうろくしょう)  狐一(こいち)と家来達(けらいたち)
  87. 第八十七章(だいはちじゅうななしょう)  喧嘩(けんか)
  88. 第八十八章(だいはちじゅうはっしょう)  小姓(こしょう)をやめる
  89. 第八十九章(だいはちじゅうきゅうしょう)  殿様(とのさま)との会話(かいわ)
  90. 第九十章(だいきゅうじっしょう)  狐一(こいち)と親衛長(しんえいちょう)
  91. 第九十一章(だいきゅうじゅういっしょう)  殿様(とのさま)と狐(きつね)
  92. 第九十二章(だいきゅうじゅうにしょう)  ゆきの陣痛(じんつう)
  93. 第九十三章(だいきゅうじゅうさんしょう)  ゆきの子(こ)

第五十四章(だいごじゅうよんしょう)

話(はなし)の続(つづ)き

箸(はし)を置(お)くか置(お)かぬかのうちにゆきと若殿(わかとの)は話(はなし)を続(つづ)けてほしいと頼(たの)みました。

ゆきが、「その時(とき)の男(おとこ)の子(こ)が、今(いま)の家老(かろう)なの?」と言(い)うと、若殿(わかとの)が「いや違(ちが)うだろう。うちの家老(かろう)はその殿(との)の家系(かけい)ではないはずだよ。だけど、その弟狐(おとうとぎつね)の親子(おやこ)のことは、私達(わたしたち)も知(し)ってると思(おも)うけれどね」と狐子(ここ)に言(い)いました。

狐子(ここ)は顔(かお)を真(ま)っ赤(か)にしながら「話(はなし)は、どこまでしましたっけ?ああ、思(おも)い出(だ)した」と話(はなし)を続(つづ)けました。

「月日(つきひ)が経(た)ち、雌狐(めぎつね)の孫(まご)は強(つよ)くて勇敢(ゆうかん)な若者(わかもの)に成長(せいちょう)しました。城内(じょうない)の同(おな)じ年頃(としごろ)の者(もの)は皆(みな)雌狐(めぎつね)の孫(まご)に忠誠(ちゅうせい)を尽(つ)くしましたし、隣(となり)の国(くに)の若殿(わかとの)も雌狐(めぎつね)の孫(まご)と盟友(めいゆう)となることを望(のぞ)みました」

「弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)も成長(せいちょう)していました。従姉(いとこ)が人間(にんげん)と暮(く)らしていたということもあり、人間(にんげん)に強(つよ)く興味(きょうみ)を持(も)ようになりました。人間(にんげん)の姿(すがた)に化(ば)けられるようになってからは、父親(ちちおや)と一緒(いっしょ)に従姉(いとこ)を訪(たず)ねることもありました。その内(うち)に、雌狐(めぎつね)の孫(まご)の仲間達(なかまたち)と知(し)り合(あ)うようになりました」

「その頃(ころ)、弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は従姉(いとこ)を訪(たず)ねては、狐(きつね)らしくいたずらして楽(たの)しんでいました。武術(ぶじゅつ)より本(ほん)の方(ほう)が好(ほんす)きだという一人(ひとり)の武家(ぶけ)の少年(しょうねん)が本(ほん)を読(よ)みながら廊下(ろうか)を弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)の方(ほう)に歩(ある)いて来(く)た時(とき)のことでした。弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)がまじないで少年(しょうねん)が歩(ある)く少(すこ)し先(さき)の床(ゆか)の板(いた)を持(も)ち上(あ)げたので、少年(しょうねん)は躓(つまず)いて転(ころ)んでしまいました。弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)はくすくすと笑(わら)いましたが、少年(しょうねん)の顔(かお)を見(み)ると、笑(わら)いを噛(か)み殺(ころ)して、少年(しょうねん)が立(た)ち上(あ)がるのを手伝(てつだ)いました。その時(とき)、少(すこ)しだけ少年(しょうねん)と言葉(ことば)を交(か)わしましたが、それがきっかけで従姉(いとこ)を訪問(ほうもん)するたびに、少年(しょうねん)にも会(あ)うようになり、だんだん仲良(なかよ)くなっていきました。やがて、少年(しょうねん)は城主(じょうしゅ)の家来(けらい)となりました」

「雌狐(めぎつね)の孫(まご)は成人(せいじん)するとすぐ、政治的(せいじてき)駆(か)け引(ひ)きにより隣国(りんごく)の姫(ひめ)と政略結婚(せいりゃくけっこん)しました。しばらくすると、二人(ふたり)の間(あいだ)に娘(むすめ)が産(う)まれましたが、母親(ははおや)の方(かた)は産後(さんご)の肥立(ひだ)ちが悪(わる)く、すぐに亡(な)くなってしまいました」

「その頃(ころ)から、次第(しだい)に不穏(ふおん)な空気(くうき)が漂(ただよ)う時代(じだい)になってきました。それぞれの国(くに)は将軍(しょうぐん)の命令(めいれい)を無視(むし)して、隣国(りんごく)と戦(たたか)い始(はじ)めました。全国(にほん)いたるところで戦(いくさ)が起(お)こりました。そうして戦国(せんごく)の世(よ)が始(はじ)まったのです」

「狐(きつね)の里(さと)も戦(いくさ)に巻(ま)き込(こ)まれました。力(ちから)を持(も)つ狐達(きつねたち)は恐(おそ)れられ、それ故(ゆえ)に攻撃(こうげき)の対象(たいしょう)に選(えら)ばれたのです。狐(きつね)の一族(いちぞく)は様々(さまざま)な妖怪(ようかい)に攻撃(こうげき)されました。そういうわけで数ヶ月(すうかげつ)の間(あいだ)、弟狐(おとうとぎつね)は姪(めい)である雌狐(めぎつめ)の娘(むすめ)を見守(みまも)ることができなくなりましたが、娘(むすめ)が従姉(いとこ)と一緒(いっしょ)に住(す)みたいと頼(たの)んだので、望(のぞ)み通(どお)りにさせることにしました」

「弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)が城(しろ)に着(つ)いた時(とき)、城内(じょうない)は混乱(こんらん)の坩堝(るつぼ)と化(か)していました。殿様(とのさま)も若殿(わかとの)も戦(いくさ)で亡(な)くなってしまい、若殿(わかとの)の息子(むすこ)である雌狐(めぎつね)の孫(まご)が侍達(さむらいたち)を再(ふたた)び集(あつ)め、城(しろ)に退却(たいきゃく)したばかりでした。敵(てき)の大将(たいしょう)は鬼(おに)と組(く)んでいるという噂(うわさ)が城内(じょうない)のあちこちに広(ひろ)まっていました。一方(いっぽう)、城主(じょうしゅ)になった雌狐(めぎつね)の孫(まご)は次(つぎ)に攻(せ)められることに対(たい)して、城(しろ)を守(まも)るための準備(じゅんび)を進(すす)めていました。他(ほか)の国(くに)に援軍(えんぐん)を送(お)ってくれるように使者(ししゃ)を送(おく)りましたが、隣国(りんこく)の亡(な)くなった妻(つま)の国(くに)からさえも、良(よ)い返答(へんとう)は得(え)られませんでした」

「弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は手伝(てつだ)いたかったのですが、その時(とき)は尻尾(しっぽ)が一本(いっぽん)しかなかったので、まだ強(つよ)い術(すべ)を使(つか)うことができませんでした」

「しばらくすると、敵軍(てきぐん)が城(しろ)を取(と)り囲(かこ)み始(はじ)め、籠城(ろうじょう)が始(はじ)まりました」

「時々(ときどき)、敵陣営(てきじんえい)の中(なか)に巨大(きょだい)な鬼(おに)が見(み)えました。鬼(おに)が国(くに)のあちこちを荒(あ)らし回(まわ)っているという噂(うわさ)が城内(じょうない)に広(ひろ)まっていました」

「その段(だん)になってやっと近隣諸国(きんりんしょこく)の雌狐(めぎつね)の孫(まご)の盟友達(めいゆうたち)が、少数(しょうすう)の侍(さむらい)と共(とも)に密(ひそ)かに城(しろ)にやってきました。雌狐(めぎつね)の孫達(まごたち)は喜(よろこ)びましたが、盟友達(めいゆうたち)は、「援軍(えんぐん)に来(き)てはみたものの、我(われ)らは皆(みな)若(わか)く、どのくらいの技量(ぎりょう)を持(も)っているとも知(し)れない。それに我々(われわれ)の国(こに)も危険(きけん)にさらされており、他国(たこく)の援軍(えんぐん)を受(う)けるあてもない。我(われ)らはそんな中(なか)、父上達(ちちうえたち)の反対(はんたい)を押(お)し切(き)って参上(さんじょう)しているのです」と苦(くる)しい胸(むね)の内(うち)を話(はな)しました」

「籠城(ろうじょう)の数日間(すううじつかん)で、弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は城(しろ)の人(ひと)たちと親(した)しくなりました。その中(なか)には今(いま)や城主(じょうしゅ)になった雌狐(めぎつね)の孫(まご)の腹心(ふくしん)の家来(けらい)として、立派(りっぱ)に成長(せいちょう)したかつて幼馴染(おさななじみ)の少年(しょうねん)の姿(すがた)がありました。弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)はその男(おとこ)の人(ひと)が好(す)きになりました」

「日(ひ)に日(ひ)に、城(しろ)の兵糧(ひょうろう)は減(へ)っていきました。城(しろ)の中(なか)では乏(とぼ)しい食料(しょくりょう)をみんなで分(わ)け合(あ)ってなんとか飢(う)えをしのいでいましたが、結局(けっきょく)、皆(みな)が弱(よわ)ってきた頃(ころ)に敵(てき)の総攻撃(そうこうげき)に遭(あ)い、落城(らくじょう)してしまいました。」

ゆきは口(くち)を挟(はさ)みました。「どんな風(ふう)に総攻撃(そうこうげき)されたの?」

狐子(ここ)はしばらく考(かんが)え込(こ)んでから、「ある日(ひ)、鬼(おに)の姿(すがた)がまた敵陣営(てきじんえい)に見(み)えました。敵(てき)の大将(たいしょう)と相談(そうだん)していたようでした。そしてついに、鬼(おに)は敵軍(てきぐん)と一緒(いっしょ)に城(しろ)を攻撃(こうげき)することを了解(りょうかい)したようでした。間(ま)もなく、鬼(おに)が大(おお)きな岩(いわ)を城郭(じょうかく)に投(な)げつけて、壊(こわ)し始(はじ)めました。同時(どうじ)に、敵兵(てきへい)が一斉(いっせい)に攻撃(こうげき)を仕掛(しか)けてきました」

「一方(いっぽう)、城内(じょうない)では、殿(との)は、家来達(けらいたち)の士気(しき)を鼓舞(こぶ)しながら外堀(そとぼり)を守(まも)らせていました。しかし、現実(げんじつ)は、心中(しんちゅう)ではもはやこれまでと密(ひそ)かに覚悟(かくご)を決(き)めていたのです」

「殿(との)が外堀(そとぼり)の方(ほう)へ向(む)かう前(まえ)に、弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は声(こえ)をかけました。『殿(との)、失礼(しつれい)いたします。秘密(ひみつ)の抜(ぬ)け穴(あな)がありました。ぜひ一緒(いっしょ)にいらしてください』殿(との)は、『私(わたし)が行(い)くことはできないが、母上(ははうえ)と赤子(あかご)と一緒(いっしょ)に三人(さんにん)で逃(に)げてくれ』と答(こた)えました。そこで弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げ、従姉(いとこ)である城主(じょうしゅ)の母親(ははおや)を捜(さが)すために立(た)ち去(さ)りました」

そこで若殿(わかとの)が口(くち)を挟(はさ)みました。「弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)がそれほど丁寧(ていねい)に喋(しゃべ)ることが出来(でき)るとは、ちょっと信(しん)じがたいな」と言(い)って、狐子(ここ)の顔(かお)を訳知(わけし)り顔(がお)で見(み)つめました。

狐子(ここ)の顔(かお)はまた真(ま)っ赤(か)になりました。ゆきは若殿(わかとの)の方(ほう)に顔(かお)を向(む)けました。「あなたは、どうしてそのような事(こと)を言(い)うのです?狐子(ここ)ちゃんが話(はな)しているのだから、狐子(ここ)ちゃんの好(す)きなように話(はな)しても構(かま)わないでしょう?」と、また狐子(ここ)の方(ほう)へ向(む)きました。「それから、何(なに)が起(お)こったの?」

狐子(ここ)はまた続(つづ)けました。「従姉(いとこ)を捜(さが)す途中(とちゅう)で、弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は秘か(ひそか)に心(こころ)を寄(よ)せている殿(との)の家来(けらい)と出会(であ)いました。そこで、『殿(との)の命令(めいれい)に従(したが)って殿(との)の母上様(ははうえさま)と姫様(ひめさま)と一緒(いっしょ)に秘密(ひみつ)の出口(でぐち)から逃(に)げるために、お二人(ふたり)を捜(さが)しているのですが手(て)を貸(か)してくださいませんか』と頼(たの)みました。家来(けらい)は、『そうしたいのだが、殿(との)がまだここに残(のこ)るおつもりなら自分(じふん)だけ逃(に)げるということはできない。出口(でぐち)までなら一緒(いっしょ)に行(い)けるが、そこから先(さき)は行(い)ってあげられない』と答(こた)えました。弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)はがっかりしましたが、仕方(しかた)のないことと納得(なっとく)しました。それから二人(ふたり)は一緒(いっしょ)に殿(との)の家族(かぞく)を捜(さが)しました。

「間(ま)もなく、従姉(いとこ)である殿(との)の母(はは)の部屋(へや)に着(つ)きました。従姉(いとこ)は孫娘(まごむすめ)と一緒(いしょ)にそこにいました。『殿(との)が私(わたし)にお孫様(まごさま)と三人(さんにん)で逃(に)げるようにおっしゃいました。お供(とも)致(いた)しますのでお急(いそ)ぎください』と話(はな)しました」

「城主(じょうしゅ)の母(はは)は、『息子がそう言(い)うのなら従(したが)った方(ほう)が良(よ)いでしょう。荷物(にもつ)をまとめるので少(すこ)し待(ま)ってください』と答(こた)えました。城主(じょうしゅ)の母(はは)は手荷物(てにもつ)に自分(じぶん)にとって大切(たいせつ)な本(ほん)を二冊入(にさつい)れた後(あと)、孫娘(まごむすめ)を抱(だ)きました。そして、弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)に先導(せんどう)されて城(しろ)の地下(ちか)へ降(お)りて行(い)きました」

「辿(たど)り着(つ)いた所(ところ)には地下道(ちかどう)の入口(いりぐち)がありました。そこまで同行(どうぎょう)してきた殿(との)の家来(けらい)は、『私(わたし)は戻(もど)らなければなりません。もうお目(め)にかかることはできないと思(おも)いますが、どうぞお達者(たっしゃ)で』と言(い)いました。弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は、『もう会(あ)えないだろうなんて言(い)わないでください。また会(あ)えると信(しん)じています』と答(こた)えました」

「それから彼(かれ)は戦(いくさ)に戻(もど)り、残(のこ)った三人(さんにん)は地下道(ちかどう)に入(はい)って行(い)きました」

「この地下道(ちかどう)は実(じつ)は弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)が見(み)つけたものではなく、彼女(かのじょ)が作(つく)ったものでした。籠城(ろうじょう)が始(はじ)まった時(とき)から、毎夜秘密(まいよひみつ)のうちに少(すこ)しずつ掘(ほ)り進(すす)めていたのです。前日(ぜんじつ)の夜(よる)に、努力(どりょく)の甲斐(かい)あって外(そと)に通(つう)じたのでした」

「穴(あな)の中(なか)をしばらく歩(ある)くと、弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)たちは地下道(ちかどう)の出口(でぐち)に着(つ)きました。辺(あた)りを見回(みまわ)すと、そこは城(しろ)を囲(かこ)む敵陣営(てきじんえい)の背後(はいご)でした。城(しろ)の方(ほう)を見(み)ると、分厚(ぶあつ)い黒煙(こくえん)がもうもうと上(あ)がっていました。城(しろ)はすでに落(お)ちていたのです」

「『息子(むすこ)よ、なぜこんな若(わか)さで死(な)んでしまうの?親(おや)が子供(こども)より長生(ながい)きすることになるなんて』と城主(じょうしゅ)の母(はは)は泣(な)き崩(くず)れました」

「弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は従姉(いとこ)の肩(かた)を抱(だ)き支(ささ)えて、言(い)いました。『殿(との)が討(う)ち死(じ)になさったとは限(かぎ)りませんよ。今(いま)はそれよりお孫様(まごさま)のことを考(かんが)えてください』と」

「雌狐(めぎつね)の娘(むすめ)は涙(なみだ)を流(なが)しながらも孫娘(まごむすめ)を抱(だ)きしめて立(た)ち上(あ)がりました。『ここにはもう私(わたし)の住(す)める場所(ばしょ)はありません。故郷(こきょう)に戻(もど)りたい』と言(い)って城(しろ)に背(せ)を向(む)け、歩(ある)き始(はじ)めました。弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)はその後(うし)ろに付(つ)いて歩(ある)き、まじないを使(つか)って二人(ふたり)の足跡(あしあと)を消(け)し去(さ)りました」

「雌狐(めぎつね)の娘(むすめ)の故郷(こきょう)に着(つ)いてみると、そこには壊(こわ)された家(いえ)しかありませんでした。鬼(おに)が村(むら)を襲撃(しゅうげき)したのだということは誰(だれ)の目(め)にも明(あき)らかでした。『ここにも留(とど)まることができないようね。私(わたし)のかけがえのない思(おも)い出(で)の場所(ばしょ)は全部破壊(ぜんぶはかい)されてしまいました。一体(いったい)どこへ行(い)けばいいのかしら』と嘆(なげ)きながら従姉(いとこ)はうなだれました。弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は、『隣(となり)の国(くに)にある小(ちい)さな村(むら)を知(し)っています。そこなら密(ひそ)かに暮(く)らすことができるでしょう。いかがでしょうか』と言(い)いました。雌狐(めぎつね)の娘(むすめ)が頷(うなず)いたので三人(さんにん)はその村(むら)の方(ほう)へ向(む)かって歩(ある)きました」

「その村(むら)は狐(きつね)の里(さと)にごく近(ちか)い所(ところ)にありました。弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は、従姉(いとこ)があそこにいるなら、父上(ちちうえ)は、姪(めい)を見守(みまも)るという約束(やくそく)を果(は)たせるだろうと思(おも)いました。それで、近(ちか)くの村(むら)に従姉(いとこ)を連(つ)れて来(き)たのです」

「従姉(いとこ)がその村(むら)に住(す)まいを見(み)つけたのを確(たし)かめた後(あと)で、弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は自分(じぶん)の住処(すみか)に帰(かえ)って、父(ちち)に籠城(ろうじょう)や従姉(いとこ)との旅(たび)のことを伝(つた)えました。それから弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は、好(す)きなあの人(ひと)が籠城(ろうじょう)で生(い)き残(のこ)ったかどうか確認(かくにん)するために、あちこちで好(す)きなその者(もの)のことを尋(たず)ね回(まわ)りました。殿(との)が鬼(おに)に殺(ころ)された数ヶ月後(すうかげつご)に、ようやくその家来(けらい)が、数人(すうにん)の侍達(さむらいたち)や援軍(えんぐん)に来(き)ていた隣国(りんこく)の若殿達(わかとの)と共(とも)に地下道(ちかどう)で城(しろ)から逃(に)げたということを知(し)りました。でもそれ以上(にじょう)の消息(しょうそく)は結局(けっきょく)つかめませんでした。その後(あと)、弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)は人間(にんげん)のことを良(よ)く知(し)りたいと思(おも)って、各地(かくち)を旅(たび)するようになりました」

「一方(いっぽう)、弟狐(おとうとぎつね)は姪(めい)を見守(みまも)り続(つづ)けました。雌狐(めぎつね)の娘(むすめ)は孫娘(まごむすめ)を育(そだ)て、読書(どくしょ)や茶道(さどう)を教(おし)えました。その村(むら)で暮(く)らして十数年(じゅうすうねん)という長(なが長)い年月(ねんげつ)のうちに、弟狐(おとうとぎつね)が見守(みまも)っていた姪(めい)も老婆(ろうば)となり、やがて静(しず)かに人生(じんせい)の幕(まく)を閉(と)じました。少(すこ)し経(た)ったある日(ひ)、身寄(みよ)りのなくなった孫娘(まごむすめ)はその村(むら)を出(で)ました。そしてしばらくして弟狐(おとうとぎつね)に会(あ)いました」

ゆきは声(こえ)を出(だ)しました。「え?もしかしてその子(こ)が私(わたし)なの?それで、狐子(ここ)ちゃんが弟狐(おとうとぎつね)の娘(むすめ)なの?」狐子(ここ)がうなずいた後(あと)で、「狐子(ここ)ちゃんや狐(きつね)どのは私(わたし)の血縁者(けつえんしゃ)だったの?どうしてもっと早(はや)くに教(おし)えてくれなかったの?」と言(い)いました。

狐子(ここ)はこう答(こた)えました。「伯母(おば)の願(ねが)いだったの。ここを離(はな)れている間(あいだ)、伯母(おば)と私(わたし)はよく話(はな)し合(あ)ったのよ。私(わたし)がゆきちゃんと仲良(なかよ)くなったから、伯母(おば)はやっとこの話(はなし)をすることを許(ゆる)してくれたの」

ゆきはまた訊(き)きました。「好(す)きだった人(ひと)というのが家老(かろう)なのね!今(いま)もまだ想(おも)っているのなら、数週間私達(すうしゅうかんわたし)と一緒(いっしょ)に国中(くにじゅう)を旅(たび)して回(まわ)ったのはどうしてなの?」

狐子(ここ)は溜息(ためいき)をつきました。「昔(むかし)から人間自体(にんげんじたい)に興味(きょうみ)があったし、あの人(ひと)が私(わたし)のことを覚(おぼ)えているかどうかさえ分(わ)からないでしょう。それに、ずっと会(あ)っていなかったから、ちょっと恥(は)ずかしかったの。でも、例(れい)のお見合(みあ)い相手(あいて)の間抜(まぬ)けな雄狐(おすきつね)たちに会(あ)わされてから、彼(かれ)のことが頭(あたま)から離(はな)れなくなって…彼(かれ)ともう一度(いちど)話(はな)してみたいと思(おも)うようになったの」

ゆきが悪戯(いたずら)っぽく笑(わら)いました。「今晩(こんばん)はどう?」

若殿(わかどの)は声(こえ)を上(あ)げました。「うん。いい考(かんが)えだ」と言(い)うと、女将(おかみ)の方(ほう)を見(み)ました。「家老(かろう)のところに行(い)って、ここに来(く)るように伝(つた)えなさい。狐子(ここ)は隠(かく)れて待っていなさい」と命(めい)じました。

女将(おかみ)は深(ふか)く黙礼(もくれい)をして、立(た)ち去(さ)りました。一方(いっぽう)、狐子(ここ)は猫(ねこ)の姿(すがた)に化(ば)け、棚(たな)の上(うえ)に飛(と)び乗(の)りました。