目次(もくじ)

  1. 第一章(だいいっしょう)  ゆきの紹介(しょうかい)
  2. 第二章(だいにしょう)  漁師(りょうし)との出会(であ)い
  3. 第三章(だいさんしょう)  狐(きつね)との出会(であ)い
  4. 第四章(だいよんしょう)  商人(しょうにん)との出会(であ)い
  5. 第五章(だいごしょう)  助(たす)けて!
  6. 第六章(だいろくしょう)  都(みやこ)に到着(とうちゃく)
  7. 第七章(だいななしょう)  買物(かいもの)
  8. 第八章(だいはっしょう)  若殿(わかとの)との出逢(であ)い
  9. 第九章(だいきゅうしょう)  家老(かろう)の調査(ちょうさ)
  10. 第十章(だいじっしょう)  家老(かろう)の調査報告(ちょうさほうこく)
  11. 第十一章(だいじゅういっしょう)  忍者(にんじゃ)の襲撃(しゅうげき)
  12. 第十二章(だいじゅうにしょう)  ゆきはどこだ?
  13. 第十三章(だいじゅうさんしょう)  一本(いっぽん)の毛(け)
  14. 第十四章(だいじゅうよんしょう)  救出(きゅうしゅつ)
  15. 第十五章(だいじゅうごしょう)  大名(だいみょう)
  16. 第十六章(だいじゅうろくしょう)  鬼(おに)
  17. 第十七章(だいじゅうななしょう)  家来(けらい)の不満(ふまん)
  18. 第十八章(だいじゅうはっしょう)  鬼(おに)の襲撃(しゅうげき)
  19. 第十九章(だいじゅうきゅうしょう)  鬼(おに)の敗北(はいぼく)
  20. 第二十章(だいにじっしょう)  殿様(とのさま)の評議(ひょうぎ)
  21. 第二十一章(だいにじゅういっしょう)  大名(だいみょう)の返事(へんじ)
  22. 第二十二章(だいにじゅうにしょう)  殿様(とのさま)の返事(へんじ)
  23. 第二十三章(だいにじゅうさんしょう)  若殿(わかとの)の出陣(しゅつじん)
  24. 第二十四章(だいにじゅうよんしょう)  大名(だいみょう)の思(おも)い付(つ)き
  25. 第二十五章(だいにじゅうごしょう)  忍者(にんじゃ)の思(おも)い付(つ)き
  26. 第二十六章(だいにじゅうろくしょう)  ゆきの出発(しゅっぱつ)
  27. 第二十七章(だいにじゅうななしょう)  ゆきの演説(えんぜつ)
  28. 第二十八章(だいにじゅうはっしょう)  家老(かろう)の再取立(さいとりた)て
  29. 第二十九章(だいにじゅうきゅうしょう)  狐(きつね)との会話(かいわ)
  30. 第三十章(だいさんじっしょう)  狐子(ここ)の紹介(しょうかい)
  31. 第三十一章(だいさんじゅういっしょう)  市場(いちば)へ
  32. 第三十二章(だいさんじゅうにしょう)  呉服屋(ごふくや)の中(なか)
  33. 第三十三章(だいさんじゅうさんしょう)  面白(おもしろ)い本(ほん)はどこだ?
  34. 第三十四章(だいさんじゅうよんしょう)  市場(いちば)の中(なか)
  35. 第三十五章(だいさんじゅうごしょう)  庄屋(しょうや)の家(いえ)の中(なか)
  36. 第三十六章(だいさんじゅうろくしょう)  城(しろ)へ帰(かえ)る
  37. 第三十七章(だいさんじゅうななしょう)  狐子(ここ)との会話(かいわ)
  38. 第三十八章(だいさんじゅうはっしょう)  評議(ひょうぎ)
  39. 第三十九章(だいさんじゅうきゅうしょう)  旅(たび)の準備(じゅんび)
  40. 第四十章(だいよんじっしょう)  最初(さいしょ)の村(むら)
  41. 第四十一章(だいよんじゅういっしょう)  女将(おかみ)の到着(とうちゃく)
  42. 第四十二章(だいよんじゅうにしょう)  危難(きなん)の噂(うわさ)
  43. 第四十三章(だいよんじゅうさんしょう)  鬼(おに)との遭遇(そうぐう)
  44. 第四十四章(だいよんじゅうよんしょう)  破壊(はかい)された村(むら)
  45. 第四十五章(だいよんじゅうごしょう)  広(ひろ)がる噂(うわさ)
  46. 第四十六章(だいよんじゅうろくしょう)  城(しろ)への帰還(きかん)
  47. 第四十七章(だいよんじゅうななしょう)  女将(おかみ)との会話(かいわ)
  48. 第四十八章(だいよんじゅうはっしょう)  家老(かろう)の助言(じょげん)
  49. 第四十九章(だいよんじゅうきゅうしょう)  面会(めんかい)の準備(じゅんび)
  50. 第五十章(だいごじっしょう)  家来(けらい)の妻(つま)
  51. 第五十一章(だいごじゅういっしょう)  茶席(ちゃせき)の予定(よてい)
  52. 第五十二章(だいごじゅうにしょう)  三本(さんぼん)の尻尾(しっぽ)
  53. 第五十三章(だいごじゅうさんしょう)  狐子(ここ)の話(はなし)
  54. 第五十四章(だいごじゅうよんしょう)  話(はなし)の続(つづ)き
  55. 第五十五章(だいごじゅうごしょう)  家老(かろう)の話(はなし)
  56. 第五十六章(だいごじゅうろくしょう)  寂(さび)しげな二人(ふたり)
  57. 第五十七章(だいごじゅうななしょう)  茶室(ちゃしつ)にて
  58. 第五十八章(だいごじゅうはっしょう)  琵琶法師(びわほうし)の到着(とうちゃく)
  59. 第五十九章(だいごじゅうきゅうしょう)  冬(ふゆ)の活動(かつどう)
  60. 第六十章(だいろくじっしょう)  狐(きつね)の到着(とうちゃく)
  61. 第六十一章(だいろくじゅういっしょう)  琵琶法師(びわほうし)の話(はなし)
  62. 第六十二章(だいろくじゅうにしょう)  旅(たび)の初(はじ)め
  63. 第六十三章(だいろくじゅうさんしょう)  狐(きつね)の土地(とち)へ
  64. 第六十四章(だいろくじゅうよんしょう)  子狐(こぎつね)との出会(であ)い
  65. 第六十五章(だいろくじゅうごしょう)  姫(ひめ)との出会(であ)い
  66. 第六十六章(だいろくじゅうろくしょう)  晩(ばん)の会話(かいわ)
  67. 第六十七章(だいろくじゅうななしょう)  族長(ぞくちょう)との会話(かいわ)
  68. 第六十八章(だいろくじゅうはっしょう)  八狐(はちこ)との会話(かいわ)
  69. 第六十九章(だいろくじゅうきゅうしょう)  姫(ひめ)の話(はなし)
  70. 第七十章(だいななじっしょう)  狐(きつね)との決戦(けっせん)
  71. 第七十一章(だいななじゅういっしょう)  狐子(ここ)の勝負(しょうぶ)
  72. 第七十二章(だいななじゅうにしょう)  若殿(わかとの)との茶席(ちゃせき)
  73. 第七十三章(だいななじゅうさんしょう)  城(しろ)へ戻(もど)る
  74. 第七十四章(だいななじゅうよんしょう)  狐一(こいち)と下女(げじょ)
  75. 第七十五章(だいななじゅうごしょう)  新(あたら)しい着物(きもの)
  76. 第七十六章(だいななじゅうろくしょう)  新(あたら)しい仕事(しごと)
  77. 第七十七章(だいななじゅうななしょう)  広子(ひろこ)と小猫(こねこ)
  78. 第七十八章(だいななじゅうはっしょう)  狐子(ここ)からの試(ため)し
  79. 第七十九章(だいななじゅうきゅうしょう)  琵琶法師(びわほうし)の告白(こくはく)
  80. 第八十章(だいはちじっしょう)  呪(のろ)いを解(と)く
  81. 第八十一章(だいはちじゅういっしょう)  お守(まも)り
  82. 第八十二章(だいはちじゅうにしょう)  家老(かろう)との面会(めんかい)
  83. 第八十三章(だいはちじゅうさんしょう)  頭痛(ずつう)
  84. 第八十四章(だいはちじゅうよんしょう)  殿様(とのさま)の到着(とうちゃく)
  85. 第八十五章(だいはちじゅうごしょう)  殿様(とのさま)との茶席(ちゃせき)
  86. 第八十六章(だいはちじゅうろくしょう)  狐一(こいち)と家来達(けらいたち)
  87. 第八十七章(だいはちじゅうななしょう)  喧嘩(けんか)
  88. 第八十八章(だいはちじゅうはっしょう)  小姓(こしょう)をやめる
  89. 第八十九章(だいはちじゅうきゅうしょう)  殿様(とのさま)との会話(かいわ)
  90. 第九十章(だいきゅうじっしょう)  狐一(こいち)と親衛長(しんえいちょう)
  91. 第九十一章(だいきゅうじゅういっしょう)  殿様(とのさま)と狐(きつね)
  92. 第九十二章(だいきゅうじゅうにしょう)  ゆきの陣痛(じんつう)
  93. 第九十三章(だいきゅうじゅうさんしょう)  ゆきの子(こ)

第六十一章(だいろくじゅういっしょう)

琵琶法師(びわほうし)の話(はなし)

部屋(へや)に入(はい)ってから、若殿(わかとの)は声(こえ)を上(あ)げました。「狐(きつね)どの、狐子(ここ)さんはいつでもここにいるのに、どうしてこのような吹雪(ふぶき)の晩(ばん)まで待(ま)ったのですか」

「私(わたし)ども狐(きつね)にとって、行(い)きたい場所(ばしょ)があれば、悪天候(あくてんこう)など問題(もんだい)にはならぬのです。この子(こ)の決心(けっしん)を待(ま)っているのは私(わたし)だけではありません。娘(むすめ)を紹介(しょうかい)した狐(きつね)たちや、その者達(ものたち)の族長達(ぞくちょうたち)も待(ま)っているのです。『狐子(ここ)はいつ、誰(だれ)と結婚(けっこん)するか』としつこく尋(たず)ねる周(まわ)りの声(こえ)に負(ま)けて、娘(むすめ)の思(おも)いを尋(たず)ねようとやってきたのです」と言(い)うと狐(きつね)は、狐子(ここ)の方(ほう)を見(み)ました。「お前(まえ)、誰(だれ)か心(こころ)に決(き)めた相手(あいて)でもいるのか?」

狐子(ここ)は溜息(ためいき)をつきました。「まだ分(わ)からない」と彼女(かのじょ)が言(い)うと、家老(かろう)は顔(かお)を伏(ふ)せました。「でも、あんな、人間(にんげん)に興味(きょうみ)がない狐達(きつねたち)なんかと結婚(けっこん)したくない」

狐(きつね)は頷(うなず)きました。「なるほど。ではこちらの、お前(まえ)と結婚(けっこん)したいと言(い)うこの人間(にんげん)のことはどうなのだ?」

狐子(ここ)は家老(かろう)の方(ほう)を見(み)ました。「そうね。この方(かた)と結婚(けっこん)したいと思(おも)っていましたが、伯母上(おばうえ)のことを思(おも)い出(だ)すと、少(すこ)し不安(ふあん)になってしまいます」狐子(ここ)は琵琶法師(びわほうし)の方(ほう)を振(ふ)り返(かえ)りました。「この琵琶法師(びわほうし)は人間(にんげん)のことをよく知(し)っているでしょうけど…そんな天涯孤独(てんがいこどく)の狐(きつね)なんかと結婚(けっこん)したいかどうか迷(まよ)ってしまうし…」

家老(かろう)は肩(かた)を落(お)としました。「私(わたし)が何年(なんねん)も夢(やめ)見(み)て、ようやく叶(かな)うと思(おも)ったのに、全(すべ)ては幻(まぼろし)だったのか。二年(にねん)も捜(さが)し回(まわ)って、その後(あと)も十数年(じゅうすうねん)待(ま)ちに待(ま)った相手(あいて)にやっと再会(さいかい)できたと思(おも)ったら、よりによって彼女(かのじょ)を不安(ふあん)にさせることになってしまったとは。諦(あきら)めた方(ほう)がいいようですね」と家老(かろう)は言(い)って、立(た)ち去(さ)ろうとすると、狐子(ここ)は彼(かれ)の手(て)を掴(つか)んで引(ひ)き止(と)めました。狐子(ここ)は「ごめんなさい!そんなつもりじゃなかったんです」と言(い)いました。そして家老(かろう)を隅(すみ)に連(つ)れて行(い)くと、二人(ふたり)は声(こえ)を潜(ひそ)めて話(はな)し出(だ)しました。

狐(きつね)はその光景(こうけい)を見(み)ると、「娘(むすめ)は決(き)められないと言(い)ったが心(こころ)の中(なか)では、どうしたいかが決(き)まっているようだな」と呟(つぶや)きました。琵琶法師(びわほうし)の方(ほう)へ向(む)かい、「いつも人間(にんげん)の姿(すがた)をしている狐(きつね)は珍(めずら)しい。娘(むすめ)がそういうことをするのは伯母(おば)の影響(えいきょう)だよ。お前(まえ)は、どうして人間(にんげん)の姿(すがた)をして人里(にんざと)に住(す)み続(つづ)けているのだ?」と尋(たずね)ねました。

「私(わたし)は望(のぞ)んでこのような姿(すがた)をしているわけではないのでございます。ただ、そうせざるを得(え)ないのでございます。ある日(ひ)、私(わたし)が幼(おさな)いころ、独(ひと)りで林(はやし)で遊(あそ)んだのちうちへ帰(かえ)ると住(す)みかに天狗(てんぐ)が群(む)れて集(あつ)まっていました。古木(こぼく)の穴(あな)に隠(かく)れて、天狗(てんぐ)がいなくなるのを待(ま)ちました。それから私(わたし)が住(す)みかに恐(おそ)る恐(おそ)る近付(ちかづ)くと、そこにあったのは倒(たお)れた家族(かぞく)の姿(すがた)だけでした。父(ちち)も母(はは)も兄弟(きょうだい)も皆(みな)殺(ころ)されてしまったのでございます」

「恐(おそろ)しくてその場(ば)を逃(おそろ)げ出(だ)し、後(うし)ろも振(ふ)り返(かえ)らずに一目散(いちもくさん)に林(はやし)を走(はし)り抜(ぬ)けました。しばらくすると、疲(つか)れてお腹(なか)が空(あ)いてきて、人里(ひとざと)の道(みち)の傍(かたわ)らに横(よこ)たわりました。そうしているうちに、歌(うた)が聞(き)こえてきました。ぼんやりとしながら、ふと見(み)上(あ)げると、人間(にんげん)の老人(ろうじん)が歌(うた)いながら近付(ちかづ)いてくるのが見(み)えました。老人(ろうじん)は私(わたし)の側(そば)に来(く)ると、歌(うた)うのを止(と)めて、『神様(かみさま)に届(とど)きますように』と、乾(ほ)し肉(にく)を道端(みちばた)に置(お)きました。そしてまた歌(うた)いながら歩(ある)いていきました。私(わたし)は肉(にく)を食(た)べてから老人(ろうじん)の後(あと)をついていきました」

「その晩(ばん)、老人(ろうじん)は町(まち)に着(つ)くと、建物(たてもの)に入(はい)りました。私(わたし)は路地(ろじ)に隠(かく)れて待(ま)ちました。次(つぎ)の朝(あさ)、老人(ろうじん)が建物(たてもの)を出(で)て旅(たび)を続(つづ)けると、私(わたし)は、またついていきました。陽(ひ)が高(たか)くなると、彼(かれ)は道端(みちばた)で持(も)っていた包(つつ)みを広(ひろ)げて、食(た)べ物(もの)の一部(いちぶ)を地面(じめん)に置(お)いて祈(いの)りを捧(ささ)げてから、食事(しょくじ)を始(はじ)めるのでした」

「そのようなことが数日間(すうじつかん)続(つづ)きました。ついに、姿(すがた)を変(か)えるまじないを覚(おぼ)えてから、私(わたし)は勇気(ゆうき)をふりしぼり、老人(ろうじん)が昼食(ちゅうしょく)をとっている時(とき)に人間(にんげん)の少年(しょうねん)の姿(すがた)に化(ば)けて、老人(ろうじん)に近付(ちかづ)いていきました」

「『小狐(こぎつね)さま、こんにちは。これは粗末(そまつ)なものですが、もしよろしければどうぞ』と、老人(ろうじん)は弁当(べんとう)を私(わたし)の前(まえ)に差(さ)し出(だ)しました」

簡単(かんたん)に正体(しょうたい)が見破(みやぶ)られたのでしばらく呆然(ぼうぜか)とその場(ば)に立(た)ち竦(すく)んでおりました。そして、尻尾(しっぽ)でもしまい忘(わす)れたかと背中(せなか)を触(さわ)ったり、髭(ひげ)でもあるかと顔(かおろ)を撫(なで)てみたりしました。そして、やっと我(われ)に返(かえ)り、声(こえ)を上(あ)げました。『へえ?じいさん、どうして僕(ぼく)を「小狐(こぎつね)」なんて呼(よ)ぶの?ちゃんと人間(にんげん)の子(こ)の姿(すがた)をしてるだろう?』」

老人(ろうじん)は静(とず)かに笑(わら)いました。『小狐(こぎつね)さま、わしは山(やま)のように年(とし)をとってはおりますが、この耳(みみ)と目(め)はまだそれほど衰(おとろ)えてはおらんのですよ。それに、これほど長(なが)く世(よ)の中(なか)を見(み)て回(まわ)っておりますと、もちろん不思議(ふしぎ)な経験(けいけん)をすることは山(やま)ほどありますのじゃ。小狐(こぎつね)が毎日毎日(まいにちまいにち)ふわふわと後(あと)をついてきていたと思(おも)ったら、突然(とつぜん)落(お)ち葉(ば)の中(なか)から降(ふ)って湧(わ)いたように男(おとこ)の子(こ)が現(あらわ)れたのですから、あなたが小狐(こぎつね)さまだと分(わ)かるのは訳(わけ)ないことでございます』」

「『なんにしろ、僕(ぼく)に「さま」なんてつけないでおくれよ。僕(ぼく)は特別(とくべつ)に偉(えら)い狐(きつね)なんかじゃなくて、平凡(へいぼん)な奴(やつ)だよ』と言(い)うと、老人(ろうじん)の隣(となり)に腰(こし)を下(お)ろし、貪(むさぼ)るように食(た)べ始(はじ)めました。それからは、老人(ろうじん)はいつも私(わたし)のことを『平凡(へいぼん)』と呼(よ)びました」

「数年間(すうねんかん)私(わたし)はその琵琶法師(びわほうし)の老人(ろうじん)と共(とも)にあちこちを渡(わた)り歩(ある)き、老人(ろうじん)はまるで私(わたし)が弟子(でし)ででもあるかのように琵琶(びわ)などの楽器(がっき)の弾(ひ)き方(かた)や様々(さまざま)な歌(うた)を教(おし)えてくれました。でも、ある日(ひ)、道(みち)を歩(ある)いていると彼(かれ)は胸(むね)を押(お)さえて、そのまま倒(たお)れこんでしまいました。私(わたし)は助(たす)けたいと思(おも)いましたが、何(なに)もできませんでした。『平凡(へいぼん)や、お前(まえ)は子供(こども)のないわしにとって息子(むすこ)のような者(こ)だ。別(わか)れるのは辛(つら)いが、わしがこの世(よ)を去(さ)る時(とき)が来(き)たようじゃ。わしは全(すべ)てをお前(まえ)に遺(のこ)す。達者(たっしゃ)でな』とそう言(い)い残(のこ)すと、私(わたし)の腕(うで)の中(なか)で息(いき)を引(ひ)き取(と)りました。私(わたし)の師匠(ししょう)―いや、私(わたし)の唯一(ゆいいつ)の友達(ともだち)―はこうして亡(な)くなってしまったのでございます」

「道端(みちばた)の咲(さ)き乱(みだ)れる野(の)の花(はな)の中(なか)に彼(かれ)を葬(ほうむ)りました。それから私(わたし)は少年(しょうねん)の姿(すがた)をやめ、若者(わかもの)に化(ば)けて、放浪(ほうろう)の旅(たび)を続(つづ)けました。その旅(たび)は連(つ)れ合(あ)いもなく、寂(さび)しいものでしたので、だんだん狐(ひつね)と棲(す)んでいた頃(ごろ)を懐(なつ)かむようになりました。それで、狐(ひつね)の住処(すみか)があるという噂(うわさ)を求(もと)め、訪(たず)ね歩(ある)くようになりました」

「時折(ときおり)、そういう噂(うわさ)を辿(たど)っていくと、狐(きつね)の住処(すみか)を見(み)つけることがありました。でも、せっかく訪(たず)ねていっても、『お前(まえ)のような、尻尾(しっぽ)が一本(いっぽん)しかない、人間(にんげん)被(かぶ)れした、どこの馬(うま)の骨(ほね)とも分(わ)からぬ奴(やつ)には用(い)はない。出(で)ていけ!』とすげなく追(お)い返(かえ)されるのが常(つね)でした。それから、人間(にんげん)の世界(せかい)に戻(もど)って、琵琶法師(びわほうし)として国(くに)から国(くに)へ、城(しろ)から城(しろ)へ、宿(やど)から宿(やど)へと次(つぎ)の噂(うわさ)を求(もと)めて歩(ある)き続(つづ)けました」

「ようやく、今年(ことし)の秋(あき)、狐(きつね)と関係(かんけい)を持(も)つ国(くに)の新(あたら)しい大名(だいみょう)についての噂(うわさ)を聞(き)きました。その国(くに)の近郊(きんこう)で噂(うわさ)を調(しら)べると、大名(だいみょう)よりゆき様(さま)という大名(だいみょう)の奥方(おくがた)が狐(きつね)と関係(かんけい)が深(ふか)いようでした。それに、ゆき様(さま)についての面白(おもしろ)い噂(うわさ)を山(やま)のように聞(き)きました」

「こちらに着(つ)くと、以前(いぜん)に訪(たず)ねた所(ところ)より優(やさ)しく扱(あつか)われました。特(とく)に驚(おどろ)いたことは、他(ほか)にも人間(にんげん)の姿(すがた)をしている狐(きつね)がこちらに住(す)んでいるということでした。よろしくお願(ねが)いします」と突然(とつぜん)言(い)うと琵琶法師(びよほうし)は、狐(きつね)の方(ほう)へ向(む)かって深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げました。

狐(きつね)は首(くび)を傾(かたむ)げました。「まだ尻尾(しっぽ)が一本(いっぽん)しかないと?お前(まえ)、渡(わた)り歩(ある)きながら、何(なに)のまじないも習(なら)わなかったのか?」

「まじないなどを教(おし)えてくれる者(もの)はいなかったのです。でも時折(ときおり)自分(じぶん)で練習(れんちゅう)しているうちに、ごく簡単(かんたん)なまじないだけは出来(でき)るようになりました。最近(さいきん)では、狐子(ここ)さんが教(おし)えてくださいます」と琵琶法師(びわほうし)は言(い)って、狐子(ここ)の方(ほう)を見(み)ました。

「そうか」狐(きつね)の目(む)は琵琶法師(びわほうし)の視線(しせん)を辿(たど)って狐子(ここ)の方(ほう)を向(む)きました。「狐子(ここ)や、ここに来(き)なさい」と言(い)うと、狐子(ここ)は「はい、父(とう)さん」と言(い)い、飛(と)び上(あ)がって狐(きつね)のところに来(き)ました。家老(かろう)は狐子(ここ)の後(あと)に付(つ)いて行(い)きました。

「本当(ほんとう)にこの者(もの)にまじないを教(おし)えているのか?」と狐(きつね)は訊(き)くと、狐子(ここ)は頷(うなず)きました。「そうです、お父様(とうさま)。その代(か)わりに、私(わたし)が知(し)らなかったまじないを教(おし)えてくれるのよ」と答(こた)えました。「簡単(かんたん)なまじないでも、とても便利(べんり)なの」

狐(きつね)は軽(かる)く頷(うなず)きました。「そうか。よし、今度(こんど)我(わ)が住処(すみか)でお前(まえ)の実力(じつりょく)を試(ため)してみよう。そうすれば、お前(まえ)が何本(なんぼん)の尻尾(しっぽ)に値(あたい)するか分(わ)かるだろう」

「ありがとうございます。でも、それは自分(じぶん)で決(き)められることではございません。なぜなら春(はる)までこちらの殿様(とのさま)にご奉公(ほうこう)いたすことになっておりますので、勝手(かって)にお暇(いとま)することはできませんので」と琵琶法師(びわほうし)は言(い)って、若殿(わかとの)に目(め)をやりました。

「やれやれ」と狐(きつね)は呟(つぶや)いてから、若殿(わかとの)の方(ほう)を向(む)きました。「では、若殿(わかとの)、この琵琶法師(びわほうし)の狐(ひつね)を数日間(すうじつかん)貸(か)してもらえませんか。彼(かれ)の実力(じつりょく)を調(しら)べたいのです。娘(むすめ)の狐子(ここ)はこの頃(ごろ)彼(かれ)のまじないの師(し)になったようですから、彼女(かのじょ)も一緒(いっしょ)に三匹(さんびき)…」

「三人(さんにん)!」と狐子(ここ)が言(い)いましたが、狐(きつね)は構(かま)わず「で行(い)ってきます」と続(つづ)けました。

若殿(わかとの)は頷(うなず)きました。「琵琶法師(びわほうし)の音楽(おんがく)は本当(わんとう)に楽(たの)しいのだが、ここにいると、争(あらそ)いごとになるようです。しばらく休暇(きゅうか)をとったほうがいいでしょうね。しかし、二週間(にしゅうかん)ほど後(のち)に、父上(ちちうえ)がここにお越(こ)しになる予定(よてい)です。その前(まえ)に、琵琶法師(びわほうし)を連(つれ)れ帰(かえ)ってきてください」

「もちろん」と狐(きつね)は言(い)うと、狐子達(ここたち)に声(こえ)をかけました。「狐子(ここ)や、この琵琶法師(びわほうし)の実力(じつりょく)を試(ため)しに行(い)くぞ。一緒(いっしょ)に来(き)なさい」

「はい、父(とう)さん」と狐子(ここ)は言(い)いました。

家老(かろう)は声(こえ)を上(あ)げました。「殿(との)、狐様(ひつねさま)がお許(ゆる)しくださるなら、狐子(ここ)さんと一緒(いっしょ)に私(わたし)も行(い)きたいのですが。数日間(すうじつかん)お休(やす)みをいただけませんか。どうかお願(ねが)いいたします」と言(い)いながら深(ふか)く頭(あたは)を下(さ)げました。

「ふむふむ。父上(ちちうえ)をお迎(むか)えするための準備(じゅんび)がまだ終(お)わらないので、難(むずか)しいところだな」と若殿(わかとの)が言(い)うと、ゆきは声(こえ)をかけました。

「あなた、許(ゆる)してあげてください。家老(かろう)の代(か)わりに私(わたし)が留守(るす)を取(と)り仕切(しき)りますから」と言(い)いました。

「そうか?意外(いがい)だな。お前(まえ)も行(い)きたいと言(い)い出(だ)すかと思(おも)っていたが」と、若殿(わかとの)は優(やさ)しくゆきの頬(ほお)に触(ふ)れました。

「気持(きも)ちは殿(との)がおっしゃる通(とお)りですが、いくら行(い)きたくても、今(い)は行(い)けませんもの」とゆきは言(い)って、大(ふと)きくなった腹(はら)を摩(さす)りました。

若殿(わたとの)は頷(うなず)いて、狐(きつね)に向(む)かいました。「よし。この怠(なま)け者(もの)の家老(かろう)と琵琶法師(びわほうし)を一週間(いっしゅうかん)以内(いない)に連(つ)れて戻(もど)ってきてくれるのなら、二人(ふたり)とも連(つれ)れて行(い)っても構(かま)わんぞ」