目次(もくじ)

  1. 第一章(だいいっしょう)  ゆきの紹介(しょうかい)
  2. 第二章(だいにしょう)  漁師(りょうし)との出会(であ)い
  3. 第三章(だいさんしょう)  狐(きつね)との出会(であ)い
  4. 第四章(だいよんしょう)  商人(しょうにん)との出会(であ)い
  5. 第五章(だいごしょう)  助(たす)けて!
  6. 第六章(だいろくしょう)  都(みやこ)に到着(とうちゃく)
  7. 第七章(だいななしょう)  買物(かいもの)
  8. 第八章(だいはっしょう)  若殿(わかとの)との出逢(であ)い
  9. 第九章(だいきゅうしょう)  家老(かろう)の調査(ちょうさ)
  10. 第十章(だいじっしょう)  家老(かろう)の調査報告(ちょうさほうこく)
  11. 第十一章(だいじゅういっしょう)  忍者(にんじゃ)の襲撃(しゅうげき)
  12. 第十二章(だいじゅうにしょう)  ゆきはどこだ?
  13. 第十三章(だいじゅうさんしょう)  一本(いっぽん)の毛(け)
  14. 第十四章(だいじゅうよんしょう)  救出(きゅうしゅつ)
  15. 第十五章(だいじゅうごしょう)  大名(だいみょう)
  16. 第十六章(だいじゅうろくしょう)  鬼(おに)
  17. 第十七章(だいじゅうななしょう)  家来(けらい)の不満(ふまん)
  18. 第十八章(だいじゅうはっしょう)  鬼(おに)の襲撃(しゅうげき)
  19. 第十九章(だいじゅうきゅうしょう)  鬼(おに)の敗北(はいぼく)
  20. 第二十章(だいにじっしょう)  殿様(とのさま)の評議(ひょうぎ)
  21. 第二十一章(だいにじゅういっしょう)  大名(だいみょう)の返事(へんじ)
  22. 第二十二章(だいにじゅうにしょう)  殿様(とのさま)の返事(へんじ)
  23. 第二十三章(だいにじゅうさんしょう)  若殿(わかとの)の出陣(しゅつじん)
  24. 第二十四章(だいにじゅうよんしょう)  大名(だいみょう)の思(おも)い付(つ)き
  25. 第二十五章(だいにじゅうごしょう)  忍者(にんじゃ)の思(おも)い付(つ)き
  26. 第二十六章(だいにじゅうろくしょう)  ゆきの出発(しゅっぱつ)
  27. 第二十七章(だいにじゅうななしょう)  ゆきの演説(えんぜつ)
  28. 第二十八章(だいにじゅうはっしょう)  家老(かろう)の再取立(さいとりた)て
  29. 第二十九章(だいにじゅうきゅうしょう)  狐(きつね)との会話(かいわ)
  30. 第三十章(だいさんじっしょう)  狐子(ここ)の紹介(しょうかい)
  31. 第三十一章(だいさんじゅういっしょう)  市場(いちば)へ
  32. 第三十二章(だいさんじゅうにしょう)  呉服屋(ごふくや)の中(なか)
  33. 第三十三章(だいさんじゅうさんしょう)  面白(おもしろ)い本(ほん)はどこだ?
  34. 第三十四章(だいさんじゅうよんしょう)  市場(いちば)の中(なか)
  35. 第三十五章(だいさんじゅうごしょう)  庄屋(しょうや)の家(いえ)の中(なか)
  36. 第三十六章(だいさんじゅうろくしょう)  城(しろ)へ帰(かえ)る
  37. 第三十七章(だいさんじゅうななしょう)  狐子(ここ)との会話(かいわ)
  38. 第三十八章(だいさんじゅうはっしょう)  評議(ひょうぎ)
  39. 第三十九章(だいさんじゅうきゅうしょう)  旅(たび)の準備(じゅんび)
  40. 第四十章(だいよんじっしょう)  最初(さいしょ)の村(むら)
  41. 第四十一章(だいよんじゅういっしょう)  女将(おかみ)の到着(とうちゃく)
  42. 第四十二章(だいよんじゅうにしょう)  危難(きなん)の噂(うわさ)
  43. 第四十三章(だいよんじゅうさんしょう)  鬼(おに)との遭遇(そうぐう)
  44. 第四十四章(だいよんじゅうよんしょう)  破壊(はかい)された村(むら)
  45. 第四十五章(だいよんじゅうごしょう)  広(ひろ)がる噂(うわさ)
  46. 第四十六章(だいよんじゅうろくしょう)  城(しろ)への帰還(きかん)
  47. 第四十七章(だいよんじゅうななしょう)  女将(おかみ)との会話(かいわ)
  48. 第四十八章(だいよんじゅうはっしょう)  家老(かろう)の助言(じょげん)
  49. 第四十九章(だいよんじゅうきゅうしょう)  面会(めんかい)の準備(じゅんび)
  50. 第五十章(だいごじっしょう)  家来(けらい)の妻(つま)
  51. 第五十一章(だいごじゅういっしょう)  茶席(ちゃせき)の予定(よてい)
  52. 第五十二章(だいごじゅうにしょう)  三本(さんぼん)の尻尾(しっぽ)
  53. 第五十三章(だいごじゅうさんしょう)  狐子(ここ)の話(はなし)
  54. 第五十四章(だいごじゅうよんしょう)  話(はなし)の続(つづ)き
  55. 第五十五章(だいごじゅうごしょう)  家老(かろう)の話(はなし)
  56. 第五十六章(だいごじゅうろくしょう)  寂(さび)しげな二人(ふたり)
  57. 第五十七章(だいごじゅうななしょう)  茶室(ちゃしつ)にて
  58. 第五十八章(だいごじゅうはっしょう)  琵琶法師(びわほうし)の到着(とうちゃく)
  59. 第五十九章(だいごじゅうきゅうしょう)  冬(ふゆ)の活動(かつどう)
  60. 第六十章(だいろくじっしょう)  狐(きつね)の到着(とうちゃく)
  61. 第六十一章(だいろくじゅういっしょう)  琵琶法師(びわほうし)の話(はなし)
  62. 第六十二章(だいろくじゅうにしょう)  旅(たび)の初(はじ)め
  63. 第六十三章(だいろくじゅうさんしょう)  狐(きつね)の土地(とち)へ
  64. 第六十四章(だいろくじゅうよんしょう)  子狐(こぎつね)との出会(であ)い
  65. 第六十五章(だいろくじゅうごしょう)  姫(ひめ)との出会(であ)い
  66. 第六十六章(だいろくじゅうろくしょう)  晩(ばん)の会話(かいわ)
  67. 第六十七章(だいろくじゅうななしょう)  族長(ぞくちょう)との会話(かいわ)
  68. 第六十八章(だいろくじゅうはっしょう)  八狐(はちこ)との会話(かいわ)
  69. 第六十九章(だいろくじゅうきゅうしょう)  姫(ひめ)の話(はなし)
  70. 第七十章(だいななじっしょう)  狐(きつね)との決戦(けっせん)
  71. 第七十一章(だいななじゅういっしょう)  狐子(ここ)の勝負(しょうぶ)
  72. 第七十二章(だいななじゅうにしょう)  若殿(わかとの)との茶席(ちゃせき)
  73. 第七十三章(だいななじゅうさんしょう)  城(しろ)へ戻(もど)る
  74. 第七十四章(だいななじゅうよんしょう)  狐一(こいち)と下女(げじょ)
  75. 第七十五章(だいななじゅうごしょう)  新(あたら)しい着物(きもの)
  76. 第七十六章(だいななじゅうろくしょう)  新(あたら)しい仕事(しごと)
  77. 第七十七章(だいななじゅうななしょう)  広子(ひろこ)と小猫(こねこ)
  78. 第七十八章(だいななじゅうはっしょう)  狐子(ここ)からの試(ため)し
  79. 第七十九章(だいななじゅうきゅうしょう)  琵琶法師(びわほうし)の告白(こくはく)
  80. 第八十章(だいはちじっしょう)  呪(のろ)いを解(と)く
  81. 第八十一章(だいはちじゅういっしょう)  お守(まも)り
  82. 第八十二章(だいはちじゅうにしょう)  家老(かろう)との面会(めんかい)
  83. 第八十三章(だいはちじゅうさんしょう)  頭痛(ずつう)
  84. 第八十四章(だいはちじゅうよんしょう)  殿様(とのさま)の到着(とうちゃく)
  85. 第八十五章(だいはちじゅうごしょう)  殿様(とのさま)との茶席(ちゃせき)
  86. 第八十六章(だいはちじゅうろくしょう)  狐一(こいち)と家来達(けらいたち)
  87. 第八十七章(だいはちじゅうななしょう)  喧嘩(けんか)
  88. 第八十八章(だいはちじゅうはっしょう)  小姓(こしょう)をやめる
  89. 第八十九章(だいはちじゅうきゅうしょう)  殿様(とのさま)との会話(かいわ)
  90. 第九十章(だいきゅうじっしょう)  狐一(こいち)と親衛長(しんえいちょう)
  91. 第九十一章(だいきゅうじゅういっしょう)  殿様(とのさま)と狐(きつね)
  92. 第九十二章(だいきゅうじゅうにしょう)  ゆきの陣痛(じんつう)
  93. 第九十三章(だいきゅうじゅうさんしょう)  ゆきの子(こ)

第五十五章(だいごじゅうごしょう)

家老(かろう)の話(はなし)

しばらくして女将(おかみ)が家老(かろう)と一緒(いっしょ)に戻(もど)ってきました。家老(かろう)は、「殿(との)、私(わたし)をお呼(よ)びと伺(うかが)いましたが」と言(い)いながら頭(あたま)を下(さ)げました。

若殿(わかとの)は中(なか)に入(はい)るように手招(てまね)きしました。「ここに来(き)なさい。聞(き)きたいことがあるのだ」と言(い)いながら狐子(ここ)がさっきまで座(すわ)っていた場所(ばしょ)を指(ゆび)さしました。

ゆきは問(と)いかけました。「どのようにして父上(ちちうえ)と出会(であ)い、父上(ちちうえ)のもとでどのようなことをしていたのか話(はな)してくれませんか。また、どういう経緯(けいい)で他国(たこく)の城代(じょうだい)となったのか話(はな)してください」

家老(かろう)は深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げ、そして指示(しじ)された場所(ばしょ)に腰(こし)を下(お)ろしました。「私(わたくし)の父(ちち)は、幼(おさな)い頃(ころ)よりゆき様(さま)のお生(う)まれになった国(くに)の殿(との)に仕(つか)えておりました。殿(との)のお孫様(まごさま)と私(わたし)はあまり変(か)わらない年頃(としごろ)でしたので、この若君(わかぎみ)をお見(み)かけする機会(きかい)が、私(わたし)には度々(たびたび)ございました。時折(ときおり)、若君(わかぎみ)は城内(じょうない)にいる同(おな)じ年頃(としごろ)の子供達(こどもたち)と連(つ)れ立(だ)って、こっそりと城(しろ)を抜(ぬ)け出(だ)されては外(そと)で遊(あそ)んでいらっしゃいました。そして次第(しだい)に、若君(わかぎみ)とお話(はなし)できるようになったのでございます」

「武術(ぶじゅつ)の稽古(けいこ)の間(あいだ)、若君(わかぎみ)はいつも子供達(こどもたち)の中(なか)では、一番(いちばん)の剣士(けんし)でございました。そして他(ほか)の方々(かたがた)同様(どうよう)、この私(わたし)も若君(わかぎみ)にお仕(つか)えしたいと望(のぞ)んでおりました」

「私(わたし)にできることと言(い)えば武術(ぶじゅつ)などではなく書類(しょるい)仕事(しごと)などでございました。なので、間(ま)もなく城(しろ)の中(なか)で殿(との)の命令(めいれい)や殿(との)への報告(ほうこく)を写(うつ)したりするようになりました」

「若君(わかぎみ)は立派(りっぱ)な若者(わかもの)になられ、すぐに隣国(りんこく)の姫(ひめ)とご結婚(けっこん)なさいました。しばらくして、二人(ふたり)の間(あいだ)に姫(ひめ)がお産(う)まれになりました。若君(わかぎみ)に、『どのような名前(なまえ)を家系図(かけいず)に書(か)き込(こ)まれますか』とお尋(たず)ねしたところ、『ゆき』とご返事(へんじ)なさいました」

「その頃(ころ)、政局(せいきょく)は難(むずか)しい局面(きょくめん)にさしかかっていました。侍(さむらい)と大名(だいみょう)、大名(だいみょう)と大名(だいみょう)、大名(だいみょう)と将軍(しょうぐん)、これらの関係(かんけい)が緊張(きんちょう)の度合(どあい)を増(ま)していき、ついには破局(はきょく)を迎(むか)えることになったのです。それはまるで山火事(やまかじ)で木(き)から木(き)へと火(ひ)の手(て)が飛(と)び移(うつ)っていくような勢(いきお)いでした。妖怪(ようかい)が侍(さむらい)をけしかけているという噂(うわさ)が広(ひろ)まるのと同時(どうじ)に、侍(さむらい)に攻撃(こうげき)され、攻(せ)め滅(ほろ)ぼされる大名(だいみょう)が増(ふ)えていきました」

「同(おな)じように、ゆき様(さま)の故国(ここく)もまた、賊軍(そくぐん)に攻撃(こうげき)されたのです。自分(じぶん)の力(ちから)を誇(ほこ)り、それを過信(かしん)していた殿(との)は、若殿(わかとの)が城(しろ)に残(のこ)るようにご説得(せっとく)されたにもかかわらず、忠臣(ちゅうしん)を集(あつ)め、その賊軍(そくぐん)を追(お)い払(はら)うために城(しろ)からご出陣(しゅつじん)されました。しかし、その途中(とちゅう)、狭(せま)い谷(たに)の中(なか)で待(むか)ち伏(ふ)せに遭(あ)われたのです。隊(たい)の中(なか)ほどにいらっしゃった殿(との)は飛(と)んでくる岩(いわ)に当(あ)たり命(いのち)を落(お)とされ、先陣(せんじん)にいらっしゃった若殿(わかとの)もお付(つ)きの者(もの)共々(ともども)、敵軍(てきぐん)に素早(すばや)く取(と)り囲(かこ)まれ、討(う)ち死(じ)になさいました。後詰(ごづ)めでいらっしゃった若君(わかぎみ)は敗走(はいそう)していた兵(へい)たちを再(ふたた)び集(あつ)め、やっとのことで城(しろ)へ退(ど)いていらっしゃいました」

「新(あら)たに殿(との)になった若君(わかぎみ)は城(しろ)に帰(かえ)ってくるやいなや、城(しろ)を守(まも)るための準備(じゅんび)を始(はじ)めました。近隣諸国(きんりんしょこく)へ援軍(えんぐん)を請(こ)う手紙(てがみ)を書(か)くようにとも私(わたし)に命(めい)じられました」

「しかしそれらの手紙(てがみ)の返事(へんとう)を受(う)け取(と)る前(まえ)に、敵軍(てきぐん)が城(しろ)の外(そと)に現(あらわ)れ、包囲(ほうい)が始(はじ)まったのです」

「その頃(ころ)、私(わたし)は城内(じょうない)のあちらこちらで手伝(てつだ)っている赤毛(あかげ)のお嬢様(じょうさま)の存在(そんざい)に気付(きづ)きました。少年(しょうねん)の頃(ころ)から、そのお嬢様(じょうさま)は時折(ときおり)、殿(との)のお母上(ははうえ)の元(もと)に訪問(ほうもん)にいらっしゃっていて、何度(なんど)かお目(め)にかかったこともございました。城(しろ)が包囲(ほうい)されてしまっては訪問(ほうもん)されることもあるまいと思(おも)っておりましたが、その後(あと)、城内(じょうない)の至(いた)る所(ところ)でお見受(みう)けするようになり、意識(いしき)するようになりました。たちまち彼女(かのじょ)は私(わたし)の心(こころ)を虜(とりこ)にしてしまったのでございます」

「時折(ときおり)、敵営(てきえい)の中(なか)に巨大(きょだい)な鬼(おに)が見(み)えました。岩(いわ)を投(な)げて殿(との)のお祖父様(じいさま)を殺(ころ)したのは、そのような鬼(おに)だったそうでございます」

「少(すこ)しすると、近隣諸国(きんりんしょこく)から数人(すうにん)の若殿(わかとの)が秘密裏(ひみつり)に城(しろ)に入(はい)ってこられました。その中(なか)には隣(となり)の国(くに)の若殿様(わかとのさま)、つまり我(わ)が殿(との)のお父上様(ちちうえさま)がいらっしゃったのです。これは可能(かのう)な限(かぎ)りの援軍(えんぐん)であるという若殿(わかとの)の父君(ちちぎみ)たちからの返答(へんとう)を携(たずさ)えていらっしゃいました」

「数ヶ月(すうかげつ)が過(す)ぎた後(あと)、その鬼(おに)がまた敵営(ときえい)に見(み)えた時(とき)に、殿(との)が兵(へい)を集(あつ)め、『外郭(がいかく)を守(まも)れ』と命令(めいれい)しました。敵軍(てきぐん)が総攻撃(そうこうげき)を始(はじ)めたようでしたので、勘定方(かんじょうかた)の私(わたし)も武器(ぶき)を手(て)に戦(たたか)う覚悟(かくご)でやって参(まい)りました。その途中(とちゅう)、私(わたし)の心(こころ)を捉(とら)えたお嬢様(じょうさま)にお会(あ)いしました。嬢様(じょうさま)は私(わたし)にこう懇願(こんがん)されました。『殿(との)からの命(めい)で、殿(との)の家族(かぞく)を逃(に)がして差(さ)し上(あ)げねばなりません。お手(て)をお貸(か)しくださいませんか』」

「私(わたし)は『手助(てたす)けいたしますが、最後(さいご)まで殿(との)のお側(そば)でお仕(つか)えするのが家臣(かしん)の務(つと)めでございます。皆様(みなさま)だけでお逃(に)げくださいませ』、と申(もう)しました。それからお嬢様(じょうさま)と一緒(いっしょ)に殿(との)のお母上(ははうえ)の部屋(へや)に参(まい)りました」

「殿(との)のお母上(ははうえ)と幼(おさな)い姫様(ひめさま)は、お嬢様(じょうさま)を連(つ)れられ、城(しろ)の地下(ちか)に下(お)りて行(い)きました。辿(たど)り着(つ)くと、すぐに地下道(ちかどう)の入口(いりぐち)がありました。子供(こども)の頃(ころ)、私(わたし)はそこでよく遊(あそ)んだものでしたが、そんな入口(いりぐち)があることは知(し)りませんでした。一体(いったい)どうやって、誰(だれ)が、いつ、その地下道(ちかどう)を作(つく)ったのかは想像(そうぞう)できませんでした」

「お嬢様達(じょうさまたち)と別(わか)れた後(あと)に、武器(ぶき)を取(と)りに行(い)こうとすると、すぐに数人(すうにん)の傷(きず)ついた兵(へい)や加勢(かせい)のために来(き)た隣国(りんこく)の若殿(わかとの)たちに出会(であ)いました。すでに城壁(じょうへき)は破壊(はかい)され、殿(との)が討(う)ち死(じ)になされたとのことでございました。外(そと)を見(み)ると、全(すべ)てが混乱(こんらん)していました。もう一度(いちど)『殿(との)は本当(ほんとう)にお亡(な)くなりになられたのか』と隣国(りんこく)の若殿達(わかとのたち)にお尋(たず)ねすると、そのうちのお一人(ひとり)がご確認(かくにん)になられたとの事(こと)でした」

「そこで、隣国(りんこく)の若殿(わかとの)たちをお嬢様(じょうさま)たちが入(はい)っていった地下道(ちかどう)にご案内(あんない)しました。地下道(ちかどう)を出(で)た後(あと)で、お嬢様達(じょうさまたち)の足跡(あしあと)など探(さが)そうと致(いた)しましたが、それらしき跡(あと)は何(なに)もございませんでした」

「若殿達(わかとの)は自分(じぶん)の国(くに)に戻(もど)る時(とき)、生(い)き残(のこ)った兵(へい)を一緒(いっしょ)に連(つ)れて行(い)きました。私(わたし)にもそうするように勧(すす)めて下(くだ)さいましたが、その時(とき)にはお嬢様達(じょうさまたち)の行方(ゆくえ)しか私(わたし)の頭(あたま)にありませんでした」

「空(そら)が暗(くら)くなるまで一人(ひとり)でその辺(あた)りを調(しら)べました。次(つぎ)の朝(あさ)、殿(との)のお母上(ははうえ)の故郷(こきょう)を思(おも)い出(だ)したので、そこへも行(い)ってみました。しかし、そこにも、誰(だれ)もいませんでした。それから浪人(ろうにん)となり、あちらこちらを巡(めぐ)り歩(ある)き、赤毛(あかげ)のお嬢(じょう)さんを見(み)かけなかったかと誰彼(たれかれ)構(かま)わず尋(たず)ねました。時折(ときおり)、そのようなお嬢(じょう)さんの姿(すがた)を見(み)たという答(こた)えが返(かえ)ってきましたが、もう発(た)った後(い)で、どこに行(い)ったのかは分(わ)からないと言(い)われるばかりでした」

「二年(にねん)ほどそのような事(こと)が続(つづ)きました。ようやく、籠城(ろうじょう)の時(とき)にお会(あ)いした隣国(りんこく)の若殿(わかとの)の一人(ひとり)が、殿様(とのさま)になったという話(はなし)を聞(き)きましたので、その方(かた)の国(くに)に行(い)って、仕(つか)え始(はじ)め、あのお嬢様(じょうさま)のことを忘(わす)れようとしました。そうして、ゆき様(さま)がここに戻(もど)ってくるまで、あちらに仕(つか)え続(つづ)けたのでございます」

ゆきが口(くち)を挟(はさ)みました。「他(ほか)の女(おんな)のことが好(すき)きになったでしょうね」

家老(かろう)は、「いいえ。捜(さが)すのを止(や)めはしましたが、私(わたし)の心(こころ)はまだあのお嬢様(じょうさま)のことを思(おも)い続(つづ)けています」と、首(くび)を横(よこ)に振(ふ)りました。

若殿(わかとの)は問(と)いました。「して、その娘(こ)の名前(な)は何(なん)という?」

「はは、ココと申(もう)します」と家老(かろう)が畏(かしこ)まって答(い)えました。すると、狐子(ここ)がいきなり棚(たな)から飛(と)び降(お)り、当時(とうじ)の姿(すがた)に化(ば)けるや否(いな)や、さっと家老(かろう)の背後(はいご)に歩(あゆ)み寄(よ)り、「あの時(とき)、またお会(あ)いしましょうと申(もう)し上(あ)げたのは、この私(わたし)ではなかったですか」と言(い)いました。

さすがに愚鈍(ぐどん)な家老(かろう)も狐子(ここ)から身(み)を遠(とお)ざけるように、慌(あわ)て飛(と)び退(の)き、「いっ、一体(いったい)いつの間(ま)に!?」そして、なおも震(ふる)える手(て)で狐子(ここ)の頬(ほお)を恐(おそ)る恐(おそ)る触(さわ)れながら「あっ、あなたは何(なに)も変(か)わっていません。ほっ、本物(ほんもの)ですか。…狐(きつね)に化(ば)かされているのではあるまいな」と。放心(ほうしん)の体(からだ)で呻(うめ)くように呟(つぶや)きました。

狐子(ここ)は気(き)に障(さわ)ったような表情(ひょうじょう)で、「どうしてそのような質問(しつもん)をするのですか。狐(きつね)が好(す)きじゃないのですか」と尋(たず)ねました。

家老(かろう)は、「べっ、別(べつ)に…。あなたが狐(きつね)が好(す)きと言(い)うのなら、私(わたし)も狐(きつね)が大好(だいす)きです」と、困惑(こんわく)の色(いろ)を浮(う)かべながら、やっとのことで答(こた)えました。

狐子(ここ)はくすくすと笑(わら)いながら「私(わたし)が本当(ほんとう)は狐(きつね)だったら、いかがですか」と訊(き)きました。

家老(かろう)は首(くび)を振(ふ)りました。「それはありえません。ココはどこから見(み)ても人間(にんげん)でしたよ。あのお嬢(じょう)さんが狐(きつね)だったとは思(おも)えません」

狐子(ここ)は紙(かみ)と筆(ふで)を手(て)に取(と)って、漢字(かんじ)を二字(にじ)書(か)きました。漢字(かんじ)を指(ゆび)さしながら、こう言(い)いました。「これは私(わたし)の名前(なまえ)です。狐(きつね)の子(こ)と書(か)いて、狐子(ここ)と申(もう)します」

家老(かろう)は首(くび)を振(ふ)りました。「あなたは人間(にんげん)です。それほどに美(うつく)しいお嬢(じょう)さんが動物(どうぶつ)だということはありえません」

「でも本当(ほんとう)に狐(きつね)なのです。自然(しぜん)な姿(すがた)をお目(め)にかけます」と言(い)うと、狐(きつね)の姿(すがた)に化(ば)け、三本(さんぼん)の尻尾(しっぽ)を腰(こし)の上(うえ)で振(ふ)りました。「他(ほか)の姿(すがた)にもなれます」と、猫(ねこ)、鼠(ねずみ)、十一(じゅういち)、二歳(にさい)の男(おとこ)の子(こ)の姿(すがた)に化(ば)けてみせ、そして人間(にんげん)の娘(むすめ)の姿(すがた)に戻(もど)りました。「でも、これが昔(むかし)からの普通(ふつう)の姿(すがた)です。従姉(いとこ)を訪(たず)ねるために、この姿(すがた)に化(ば)ける方法(ほうほう)を習(なら)いました」

家老(かろう)はぼんやりと狐子(ここ)を見返(みかえ)しました。「い…とこ?」とだけ言(い)いました。

「はい。ゆきちゃんのお祖母(ばあ)さんは父(ちち)の姉(あね)の娘(むすめ)でした」と狐子(ここ)は説明(せつめい)しました。

家老(かろう)はこめかみを両手(りょうて)で摩(さす)りました。「ゆき様(ゆき)のお祖母様(ばあさま)は雌狐(めすぎつね)の娘(むすめ)だったと言(い)うのですか。それはありえません。ゆき様(さま)のお祖母様(ばあさま)は武家(ぶけ)のご出身(しゅっしん)です。どこから拝見(はいけん)いたしましてもきつね(きつね)ではなく人間(にんげん)でした」

「ゆきちゃんのお祖母様(ばあさま)は従姉(いとこ)でしたのよ。人間(にんげん)は人間(にんげん)でも、狐(きつね)の血筋(ちすじ)を引(ひ)いた人間(にんげん)でした。父親(ちちおや)は人間(にんげん)の侍(さむらい)でしたが、母親(ははおや)は人間(にんげん)の姿(すがた)に化(ば)けた雌狐(めすぎつね)でした。狐(きつね)が他(ほか)の生(い)き物(もの)の姿(すがた)に化(ば)けて子供(こども)を産(う)むと、その生(い)き物(もの)の子供(こども)になるのです。雌狐(めすぎつね)は身籠(みごも)りの間(あいだ)は、姿(すがた)を変(か)えることができません」と狐子(ここ)は言(い)いました。「だから、ゆきちゃんのお祖母様(ばあさま)は狐(きつね)ではなく人間(にんげん)なのです」

家老(かろう)はふらふらと立(た)ち上(あ)がりました。「色々(いろいろ)なことを考(かんが)えなくてはいけません」と狐子(ここ)に言(い)うと、若殿(わかとの)の方(ほう)に向(む)きました。「そろそろ失礼(しつれい)いたします。お邪魔(じゃま)いたしました」と、うなだれながら、その場(ば)を後(あと)にしました。

狐子(ここ)はただ家老(かろう)の去(さ)った後(あと)をきょとんと見(み)つめていました。

「かわいそう」とゆきは呟(つぶや)くと、狐子(ここ)に声(こえ)をかけました。「元気(げんき)を出(だ)して!」

狐子(ここ)はただ「はい」とだけ、力(ちから)なく答(こた)えました。そして、自分(じぶん)の姿(すがた)に戻(もど)り、隅(すみ)で縮(ちぢ)こまり、鼻(はな)を尻尾(しっぽ)で覆(おお)って目(め)を閉(と)じました。